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金正恩、習近平を再び利用か――日本は漁夫の利を待て

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
第3回南北首脳会談 「板門店宣言」に署名した金正恩委員長(左)(写真:代表撮影/Inter-Korean Summit Press Corps/Lee Jae-Won/アフロ)

 金正恩委員長が習近平国家主席に会うために大連に専用機で飛んだ模様。対日微笑に傾く中国を北側に引き戻し、米朝首脳会談を前に圧力を口にするアメリカを牽制するのが主目的だろう。日本は漁夫の利を静観すべきか。

◆金正恩委員長が専用機で大連に飛んだ模様

 5月7日午前9時、まず新唐人テレビ局が「習近平が空母視察のために大連を訪問し、金正恩と再会か」というタイトルで金正恩(キム・ジョンウン)委員長の大連訪問と習近平国家主席との再会を報じ、5月8日午前1時に、多維新聞が「大連の警備レベルアップ、金正恩が再び習近平と会談か」という見出しで同様の報道をした。

 中国政府もメディアも、現在このコラムを書いている時点では、沈黙を保っている。金正恩が無事に中朝国境を越えるまで正式公表はしないだろう。いつものパターンだ。

 習近平が中国初の国産空母の試験出航儀式に参加するであろうという情報は、かなり前から把握していた。これは金正恩の再訪中とは関係なく動いていたことだ。

 

◆日中韓首脳会談の前に

 もし金正恩だとしたら、それに合わせて急いだのは、明日9日の日中韓首脳会談前に習近平と会い、李克強首相が日中韓首脳会談で北朝鮮に不利になるようなことを言わないようにさせるのが目的の一つだと考えていいだろう。

 金正恩自身が「中国外し」を目的とした、朝鮮戦争休戦協定から平和協定への協議で「米朝韓による3者会談」を提唱している。そのため中国は日本への微笑み外交を、北朝鮮への見せしめとして進めようとしている。

 日中首脳同士が電話会談をするという、政権誕生以来初めてのことを、習近平はやってのけた。

 そうなると今度は、「ひょっとしたら習近平がトランプ大統領に近づくかもしれない」と、金正恩は怖いのだろう。

◆米朝首脳会談を前に

 米朝首脳会談を前にして、北朝鮮の対米批判が再開している。

 アメリカが「圧力が効いたから、北朝鮮が対話路線に切り替えたのだ」と言っているからだ。

 中国は「圧力が原因ではない」と主張しているので、そのように主張してくれている兄貴分に、「アメリカが、圧力のせいだって言うんだよ。違うって言ってくれよ」とせがみに行ったと考えてもおかしくはない。

 そして米朝首脳会談において北朝鮮に有利になるように、今度は又もや「俺の背後には中国がいるんだぜ」とアメリカに見せて、米朝首脳会談を北朝鮮に不利にならないように持っていこうという算段にちがいない。

 金正恩の外交の仕方は、したたかなようで、やはりどこか「子供じみて」いる。

 核・ミサイルによる威嚇などの恐怖路線を続けておいて、いきなり対話路線に切り替えれば、周辺諸国は競ってその対話路線に乗ろうとする。中朝が対話に入って中朝蜜月をアメリカに見せつけた段階で、今度は「中国外し」を目的とした「3者会談」を提起する。そこで中国が北への見せしめに対日微笑み外交を始めて「習近平・安倍」電話会談などがあったりすると、中国を引き戻そうと中国を再訪するなど、「節操がない」と言っていいほどの「ゆさぶり」だ。「したたかさ」という言葉が必ずしも適切ではないと思わせる動き方である。

◆「圧力が効いたから」は文在寅のトランプへのお世辞

 そもそも「アメリカの圧力が効いたから、南北は対話路線に入ることができる」と言い始めたのは韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領だ。

 今年1月14日、北朝鮮との南北対話について文在寅大統領が「アメリカのトランプ大統領の貢献が大きい」と発言した。それは日米韓で対北朝鮮包囲網を形成し、圧力と制裁によって北の核・ミサイル放棄を目的として行動している最中に、「北と対話などという融和策に出るとは何ごとか!」とトランプが文在寅を非難した時のことだった。文在寅は何としても北に平昌冬季五輪に参加させて南北対話に持っていこうとしていた。

 しかしトランプに非難された文在寅は、「北朝鮮が対話路線へ転換しようとしているのは、アメリカのトランプ大統領の貢献が大きい」という趣旨のことを言ったのである。最初「トランプ大統領の貢献が……」と言って、その直後に「あ、いや、国連の……」と訂正してはいるが、この言葉はいたくトランプを喜ばせた。

 「その通りだ!この俺様が圧力を強化したからこそ、北朝鮮は折れてきて対話と言い始めたのだ!」とばかりに、トランプは喜びを露わにした。

 こう言いさえすれば、お世辞に弱いトランプは自分を許してくれるだろうという、文在寅の東洋的な保身術だったにちがいない。

 以来、ものの見事にそのお世辞戦略による自己弁護は成功して、トランプは北朝鮮の平昌冬季五輪参加も称賛するようになる。

 日本は、このトランプの「圧力が効いたのだ」論に乗っかり金正恩を不快にさせた。

 文在寅の「圧力が効いた」論を知った金正恩は、直ちに「調子に乗るな!いくら哀れな立場とはいえ、対話の相手を前にして無礼千万!」と、文在寅を非難した。1月14日の北朝鮮の国営テレビが声を張り上げて、非難文を読み上げた。

 今もまた、トランプは米朝首脳会談を前に「圧力」を口にしているので、金正恩は兄貴分の習近平に泣きつきに行ったことは、十分にあり得る。ただし、今回は、空母の進水式典に北朝鮮の高官も参加する、という可能性は、今の段階では否定できない。

◆日本は漁夫の利を静観すべき

 5月7日付のコラム<中国、対日微笑外交の裏――中国は早くから北の「中国外し」を知っていた>に書いたように、中国は十分に北朝鮮の「狡猾さ」を知っている。その上で、狐と狸の化かし合いをしながら付き合っているのが現状だ。

 何れの場合でも、日本は中朝関係の真相だけを直視して、表面上の言動には一喜一憂しない方がいいだろう。また、「圧力だ、圧力だ」と合唱しても、漁夫の利は得にくくなる。むしろ「老獪な戦術」を立て、静かに待っている方が賢い方法ではないだろうか。その方が明日の日中韓首脳会談にも有利に働く。

追記:5月8日19:00(日本時間20:00)、中国の中央テレビ局CCTVは、訪問したのが金正恩であることを発表した。会談は5月7日から8日にかけて行なわれたとのこと。中国外交部は本日17:48(日本時間18:48)の時点で「発表すべき如何なる情報もない」と厳しい顔で言っていた。したがって日本時間20:00の時点では、金正恩はすでに中朝国境を越えて帰国の途に着いていたことになる。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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