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「北を支援」中共機密文書は偽造

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
米メディアが暴露した中共機密文書(上側、左側)と本物の公文書(下側、右側)

 1月2日、米メディア「ワシントン・フリー・ビーコン」が「中国が北朝鮮の核を容認し支援を増強させる約束をした」という中共中央の機密文書を暴露した。しかしその文書は明らかに偽造。その証拠を考察する。

◆ワシントン・フリー・ビーコンが暴露した内容

 1月2日、アメリカのニュースサイト「ワシントン・フリー・ビーコン」(ビーコンはbeaconで、灯台とか指針となる標識)は、中共中央の機密文書を入手したとして、このページのトップに掲載した「中共中央弁公庁文件」なるものを公開した(上側の黒っぽい方)。

 そこには北朝鮮がさらなる核実験を自制するならば、中国は今後北朝鮮の核・ミサイル開発に関し、新型の短・中距離弾道ミサイルなどの軍事援助を含む経済的支援および技術的支援を拡大させるなどの秘密計画が書いてある。さらに北朝鮮による現有核戦力の保持の容認や、金正恩(キム・ジョンウン)体制を保証するという確約も明記してある。

 文書は2017年9月に発布されたとしており、中共中央(中国共産党中央委員会)弁公庁が中共中央内部の部局の一つである対外聯絡部に対して指示する形式を取っている。

 内容を詳細に書いても、この文書は、見た瞬間に偽物だと判定できるので、ここではむしろ、なぜこれが偽造文書であると断定できるのか、その論拠を詳細に述べたい。中国共産党内部の政治を知っている者なら、見た瞬間に「偽造だ」と判定できる。

 

◆偽造文書であると断定できる証拠

 まず、本ページのトップに掲載した写真をご説明したい。

 上側にある黒っぽいのが、「ワシントン・フリー・ビーコン」が暴露した「機密文書」である。これを「文書1」と名付けて区別することとする。

 下側に置いた白っぽい文書は、本物の公文書で、中共中央弁公庁が2012年に発布したものである。これを「文書2」と名づけることとしよう。これは比較のために筆者が適宜、過去の「中共中央弁公庁文件」の公文書から抜き出したものである。

 では、以下、偽造と断定できる論拠を列挙する(以下、「公文書」は「中共中央弁公庁文件」の公文書を指す)。

1. 文書1の左上をご覧いただきたい。見分けにくいが、ここにどうやら「No.000003」と書いてある。しかし本物の公文書のこの位置には番号はなく、ましてや「No.」(ナンバー)という書き方は公文書にはない。公文書を集めて、図書館などが保存するためにファイルナンバーを付けるときには、概ね、この位置に「No.●●…●」の形でゴム印などが捺してあることが多い。偽造者は、そういった文書をネットで見つけて、うっかり真似してしまったものと思う。これは決定的な証拠で、他を論ずる必要がないほどだ。しかし念のため他の論拠も以下に列挙する。

2. 番号を打つ必要が生じたときには、赤線のすぐ下の左側に書く。もちろん、その場合も「No.」という文字はない。また「機密」の場合は「机密」という文字が、同じように赤線の下の左側に書いてある。「最高機密」は「絶密」と書くことが多いが、文書の左上に書くことはない。

3. 文書1には「中共中央弁公庁文件」とあるが、一般に「中共中央弁公庁文件」の場合は、「国務院弁公庁」と並列で発布する。 下側にある文書2をご覧いただければお分かりいただけるように、「中共中央弁公庁文件」なのに、赤線の下には同名称とともに「国務院弁公庁」という文字があることが見て取れる。これはよく「中共中央・国務院は」という文言で始まる通達の類いである。「中共中央弁公庁文件」と「国務院弁公庁」が赤線の上に書いてある場合もあるが、いずれにせよ抱き合わせである。

4. しかし文書1には、赤線の下に「国務院弁公庁」の名称がない。中共中央のある部局に対する決定や指示の場合は、「中共中央文件」という名称で発布する。「弁公庁」という文字があるのはおかしい。

5. 文書1の赤線の下には、「朝鮮民主主義人民共和国」という名称が書いてあるが、中国では北朝鮮のことを単に「朝鮮」と称する。協定書(締結書)などならば、「朝鮮民主主義人民共和国」と書くが、これは中共中央弁公庁が中共中央対外聯絡部に出した決定の指示書の形を取っているので、ここに「朝鮮民主主義人民共和国」とあるのは不自然である。「朝鮮」と書くのが自然。

6. 文書1は全体で4頁に及ぶが、途中に「対峙」と書くべきところ、「対持」という誤記がある。公文書でこのようなミスがあることは一般にない。

7. 文書1には、「党領導的中国特色社会主義制度」(中国語のまま)という表現があるが、これは中共の政治構造を熟知していない証拠だ。中共は「党の領導」を「中国の特色ある社会主義国家」の重要な柱としており、人民と国家を党が領導すると規定しているのであって、決して「中国の特色ある社会主義制度」を「党が領導する」とはしていない。また「党が領導する制度」という形では規定していない。複雑になるが、この表現を見ると「ん?」という違和感を抱く。したがって文書1の作成者は、中華人民共和国憲法や党規約にある政治構造を熟知していないことが窺える。

8. また文書1には「あなたの部(対外聯絡部)は中共中央を代表して~しなければならない」という表現があるが、中共中央内部の文書では「党中央」とか「中央」と書くのであって、決して内部間の文書では「中共中央」とは書かないのが慣例である。同じ中国共産党(中共)内部のことだから。(たとえば日本の内閣が大臣宛てにある指示を行なう時に、決して「日本国の内閣は」とは書かないのと似ている。外国に対してなら「日本国」を入れるだろうが、内部では入れない、というのと類似の感覚である。)

9.文書1の終わりにある日付の個所には印鑑が捺してあり、そこには「2017年9月15日」と書いてあるのに、その下の最後の行にある「印発」(印刷配布)という箇所には「2017年9月19日」と書いてある。この日付が異なるということはあり得ない。うっかりミスだろうが、中共中央では、このような類のミスは生じえない。

 まだまだあるが、概ね以上で証拠は十分だろう。

 中国外交部の報道官は、記者からのこの暴露文書に関する質問に対して「Fake news, fake document! 常識のある人なら一目でわかる!」と吐き捨てるように言ったが、残念ながら、その通りだと思う。

◆誰が捏造したのか?

 実はアメリカの華人華僑社会では、いったい誰がこのような偽造文書を書いたのかに関してまで明確にさせている。犯人は亡命商人である郭文貴氏だと書き立てている。中国政府から国際手配されているので、アメリカ政府の庇護を受けたいために書いたのだと手厳しい。「自分はこんなに役立つ人間なので(このような機密文書まで入手できる人間なので)、どうか中国政府に引き渡さないでほしい」という切なる願望があるからとのこと。彼ならば、偽造文書を公開したのはこれが初めてではないので、さもありなんと思われる。

 特に彼は中国の国家安全系列にいる知人との関係で不正を働いたと追及されており、この文書も中国の国家安全および情報系列の者から入手したとして、ワシントン・フリー・ビーコンの記者に渡したとされている。

 郭文貴氏のことを書き始めると長くなるので、ともかく、この「機密文書」は偽造だという結論だけを、ここでは明確にしておきたい。時期が時期だけに、振り回されないようにしたいものである。

 

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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