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習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想とは?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
第19回党大会で3時間24分の演説をした習近平総書記(写真:ロイター/アフロ)

 10月18日、第19回党大会の開幕演説で習近平総書記は「新時代の中国の特色ある社会主義」思想を強調した。これが24日に発表される党規約に加筆される「習近平思想」の表現となるだろう。約3時間半にわたる演説から読み解く。

◆開幕演説で最も頻繁に使った言葉

 10月18日、5年に一回開催される第19回党大会(中国共産党第19回全国代表大会)が開催された。習近平総書記は、2012年11月から始まった第18回党大会以来の5年間にわたる成果に関する党活動報告演説を行なった。

 なんとその時間、3時間24分!

 途中で居眠りする人やあくびをする人まで現れて、筆者自身、最後まで聞き遂げるのに、かなりの努力を要した。

 大あくびをしたのは江沢民で、中央テレビ局CCTVは、そのあくび顔をクローズアップした。演説を終えて席に戻った習近平に対して、腕時計を示しながら「長かったね」とでも言っているようなしぐさをしたのは胡錦濤(前総書記)。CCTVはその二人の姿もズームアップしたが、二人とも照れたように、にこやかに笑顔を交わした。

 5年前の2012年11月8日に、第18回党大会で総書記として最後の党活動報告をした胡錦濤の演説時間は1時間40だったからだ。その前の2007年(第17回党大会)は2時間30分。

 未だかつて、3時間を越える演説は聞いたことがない。

 その間、最も出現頻度が高かった言葉は「新時代の中国の特色ある社会主義思想(中国語では新時代中国特色社会主義思想)」だ。次に多かったのが「中華民族の偉大なる復興」と「中国の夢」。

 午前中の習近平演説が終わると、それぞれの党代表は各地域の代表団の討論の場に姿を現す。そこで特徴的だったのが、すべての現役チャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員会委員)が参加した代表団(分科会)討論で約束していたように一律に使った言葉が「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想(中国語で習近平新時代中国特色社会主義思想)」だ。

 それを皮切りに、約2300名の代表の中から何人かを選んでCCTVがインタビューを行なっているが、これが口を揃えたように一斉に「習近平新時代中国特色社会主義思想」と回答するのである。また分科会における討議で何名かの発言者の姿をCCTVは映しだしたが、その発言者も必ず「習近平新時代中国特色社会主義思想」というフレーズを挟むことを忘れていない。

 これらの現象から、党規約に新しく加筆される「習近平思想」とは「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」だということがほぼ確実であろうことが判断される。

もちろん習近平自身が演説で「新時代」の前に「習近平」という個人名を入れるようなことはしていない。

◆傍証となるフレーズ――「站起来、富起来、強起来!」

 24日に発表される党規約に新たに書き加えられる「習近平思想」が「習近平新時代中国特色社会主義思想」であることを証拠づける、もう一つのフレーズがある。

 それは習演説の中でひときわ強い印象を与えた「站起来、富起来、強起来!」という言葉だ。

 ●「站起来(立ち上がる)」とは中華民族が(アヘン戦争以来の)長い屈辱の歴史から遂に立ち上がったことを意味し、1949年10月1日に新中国(中華人民共和国)が誕生した日を指す。その日から文化大革命(1966~76年)終息までが、「毛沢東時代」だ。

 ●「富起来(豊かになる)」 とは、毛沢東の死後、1978年12月にトウ小平が「改革開放」を唱えてから中国が豊かになり始めた時期を指す。これは「トウ小平時代」だ。

  ●「強起来(強くなる)」とは「毛沢東時代」も「トウ小平時代」も終わり、新たに中国が経済強国、軍事強国として「強国化」した時代で、これを「習近平時代」と位置付けている。

つまり、この「站起来、富起来、強起来!」というフレーズは「時代区分」を表した言葉ということができ、「習近平時代」を「新時代」と位置付けていることを証明する論理構成のキーワードになっている。

 事実、習近平は演説で、「わが国が世界の舞台で日増しに中心的な役割を果たすようになった」として、中国という特色ある社会主義国家が発展のモデルとチャンスを多くの国に提供し、人類に益々大きな貢献を続けていく時代になったとしている。

 つまり、アメリカに追いつけ追い越せにより、まもなく中国が世界の「ナンバー1」になることを示唆しているということになる。

 1949年10月1日に中華人民共和国が誕生したとき、人民は新しく生まれたこの国を「新中国」と称した。「中国共産党がなければ新中国もなかった」という歌が流行り、筆者は毎日、この歌を唄わされながら育った。

 その「新中国誕生」に成り代わって「習近平による新時代誕生」という位置づけを、第19回党大会は強調していることになる。

◆「中国の特色ある社会主義思想」とは何か?

 それでは「中国の特色ある社会主義思想」とは具体的に何を指すのかを考察してみよう。

 社会主義国家は、平易な言葉でざっくり表現するなら、毛沢東が謳っていたように「金儲けをしない、誰もが平等な(貧乏だけど平等な)社会」ということになる。

 その毛沢東時代、ひたすら毛沢東の権力闘争と政治運動に明け暮れて、毛沢東が逝去し文化大革命が終焉した時には、中国経済は壊滅的打撃を受けて、まるで廃墟のようだった。

 そこで1978年12月、トウ小平は「改革開放」を宣言して、「富める者から先に富め(先富論)」を唱えて、「金儲け」を奨励した。

 それまで金儲けに走った者を「走資派」と呼んで徹底して罵倒し逮捕投獄して2000万人以上が犠牲になっている。人民はその恐怖の中で生きてきたので、誰もトウ小平の「先富論」を信じず、金儲けをしろと言っても尻込みして、なかなか動かなかった。また保守的な幹部である「老人組」からは「社会主義に反する」と批判されたり、中国という国家が「中国共産党が一党支配する社会主義国家である」ことにそぐわないとして激しい論争が起きた。

 そこでトウ小平は金儲けに走る中国を「特色ある社会主義国家」とし位置付けて理論武装し、人民や老人組を納得させたのである。

 この「特色」二文字によって、「社会主義国家でありながら資本主義国家と同じことをしているではないか」という矛盾に「解答」を与え、かつ「社会主義国家」であることを維持することにした。つまり「中国共産党による一党支配体制だけは維持して、資本主義国家よりも資本主義的に金儲けをする」ことに正当性を与えたのである。それからというもの人民は全て「銭に向かって進み始めた」!

 この強引な論理武装から生まれたのが「底なしの腐敗」である。

◆習近平時代は腐敗との闘い

 こうして江沢民の「三つの代表」論(資本家でも党員になっていい)という理屈によって利権集団と中国共産党の幹部が「賄賂、汚職、口利き…」などによって癒着して生まれたのが「腐敗大国、中国」である。

 トウ小平が国家を三大ポジション(中共中央総書記、中央軍事委員会主席、国家主席)を江沢民の一身に与えたのは、こうすれば三大ポジションの間で争いが起きないだろうと考えたからだが、そうはいかなかった。そもそも中国の「文化」はそんなに「清廉」ではない。腐敗によって栄え、腐敗によって亡んできたのが中国の歴代王朝だ。

 「皇帝」が社会主義体制によって「総書記(紅い皇帝)」になろうと、中国のこの「腐敗文化」は数千年に及ぶ深い土壌に染み込んでいる。三大ポジションを江沢民が手にすることによって、この「腐敗文化」は活火山の爆発のように中国の全土を覆い、手の付けようがなくなっていた。

 だから2012年11月8日の第18回党大会開幕演説で、胡錦濤は最後の総書記としての演説を「腐敗問題を解決しなければ党が滅び国が滅ぶ」と締めくくり、11月15日、新しく総書記になった習近平は、その就任演説で胡錦濤を同じ言葉を繰り返した。

 習近平が反腐敗運動に全力を尽くせるように、胡錦濤派全ての権限を習近平に渡し、習近平はその期待に応えて激しい反腐敗運動を展開した。

 腐敗の頂点に立つのは江沢民とその大番頭の曽慶紅だ。

◆恩を仇で返そうというのか!

 18日、3時間24分にわたる演説をしていた習近平が、「反腐敗運動」に触れ始めたとき、なんとCCTVは江沢民と曽慶紅の顔を映し出したのである。

 江沢民は怨念を込めた憮然たる表情で上目づかいにうつむき、曽慶紅は白髪一本残していないほどに真っ黒に染めた頭をシャキッと持ち上げ、「さあ、来るなら来い!」と言わんばかりの闘志に燃えた表情で習近平を睨みつけていた。

 それもそのはず。

 習近平をこんにちの座に導いたのは、まさに江沢民と曽慶紅、この二人だったからである。

 特に曽慶紅は、習近平が清華大学を卒業して初めて仕事を始めたときからの知り合いで、習近平は曽慶紅を「慶紅兄さん」と呼んで慕い、曽慶紅はどこまでも習近平を支えてきた。2007年に上海市の書記に習近平を推薦したのも曽慶紅なら、同年、江沢民を説得して胡錦濤時代のチャイナ・ナイン(中共中央政治局常務委員会委員9人)にねじ込んだのも曽慶紅と江沢民だったからだ。

 その恩を仇で返そうというのか――!

 二人の怨念に満ちた表情を前に、反腐敗運動の成果を披露し今後も推進していくことを宣言した習近平の表情もまた、一歩も譲っていなかった。それはまさに現在の中国の実態を映し出す象徴のような図柄であった。

 その他、強軍大国、経済大国に関する演説内容と日本との関係に関しても考察したいが、長くなり過ぎたので、またの機会に譲ることとしたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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