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習近平、苦々しい思い:米韓合同軍事演習

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
韓国で米韓合同軍事演習 2017年8月22日(写真:ロイター/アフロ)

 北朝鮮にグアムへのミサイル発射を思い留まらせた習近平としては演習を中止させたかった。しかし米制服組トップのダンフォードが習近平と会談しながら、日米2+2後に中止しないと発表。中国は米空軍U-2偵察機にも注目。

◆習近平が特別に手厚くもてなしたダンフォード米統合参謀本部議長

 8月14日に訪韓して韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と会談した米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長は、翌15日に3日間の予定で訪中した。初日は中央軍事委員会委員で、軍事委員会聯合参謀部の房峰輝参謀長等と会談の後、17日には人民大会堂で習近平国家主席&中央軍事委員会主席と会談した。18日には訪日して安倍首相や自衛隊の河野克俊統合幕僚長と会談した。

 これら韓・中・日への一連の訪問の中で、筆者が唖然として注目した「ある光景」がある。

 それは招待者側首脳とダンフォード統合参謀本部議長との、対談の際の座席の位置関係だ。

 まず韓国。

 さまざまな映像があるが、はっきりしているのでKorea.Netのこの写真をご覧いただきたい。文在寅が真ん中に座り、ダンフォードは左右両脇に並べられた米韓双方の座席の最初の席に座っている。つまり文在寅が王座にいて、それ以外は「その他」扱いなのである。

 動画で観るならば、ANN NEWSが割合に見て取れるかもしれないが、実は握手の後、着席する際にダンフォードは一瞬、戸惑っていた。まさか従者席に回されると思わなかったので、文在寅に着席を促されたときにダンフォードは文在寅の隣の席に目をやり、そこに椅子がないのに気が付いて、急いで従者席の先頭に座った。ANN NEWSでは、残念ながら「その瞬間のダンフォードの戸惑い」がカットされているので観られないが、興味のある方は相当する動画のページを探してみていただきた。

 あれだけアメリカの軍事力に頼りながら、よくもこんなことができるものだと唖然とした。

 習近平との会談に入る前に、訪中後の訪日の際の安倍首相との会談の際の座席関係はどうなっているかを観てみよう。TBS NEWSの動画(JNN)における安倍総理との椅子の違いにご注目いただきたい。

 文在寅よりはいくらかは良く、一応「安倍vs.ダンフォード」が対等の位置関係に座っているが、なんと、椅子が異なる! 何ランクか下の(値段が安い)椅子にダンフォードを座らせ、安倍首相はランクが高い(値段が高い)、やや豪華な椅子で、しかも座席の高さが10センチ(?)ほど高いのである。背の高さ、足の長さからの配慮で座席の高低を決めるのならば、安倍首相もなかなかの長身ながら、ダンフォードさんの方が明らかに高い。なのに、なぜ安倍首相の座席の高さを高くする必要があるかと言えば、「身分の違い」を明らかにさせる以外にはないと考えるのが妥当だろう。これを外交プロトコル(外交儀礼)と言えば説明できなくはないが、プロトコルには拘束力はない。礼を失しなければ、あとは受け入れ側の気持ちの問題と言っていいだろう。

 その何よりの証拠に習近平とダンフォードの会談場面をご覧いただきたい。

 中国の中央テレビ局CCTVの13チャンネル(新聞)の動画を中国政府通信社の新華社のウェブサイトが提供している(動画の部分は不安定で、開かない場合があるが、下の方の静止画面は観ることができるだろう)。習近平とダンフォードは「まったく対等に」同じ種類の椅子に座り、しかも二人が真ん中に対等の位置に座って、他の両国の関係者が両脇に並んでいる。首脳会談と同じ扱いだ。

 首脳会談の時と違うのは椅子の種類。

 首脳会談の時に使う豪勢な飾りのある椅子ではなく、シンプルな白の椅子にしたが、習近平自身の椅子も、そのランクに揃えてあり、完全に対等なのである。静止画面でじっくり確認なさりたい方は、こちらの写真を。

 これらの違いを別の視点から見れば、日韓はアメリカと同盟国なので気を遣わなくてもいいが、中国はそうではないので気を遣ったに過ぎないという言い分もあるだろう。

 しかし、実態は違う。

 習近平には、アメリカに対する特別の思いがあったのである。

◆習近平はなぜダンフォードを厚遇したのか?

 それは、21日から始まることになっていた米韓合同軍事演習を中止してほしかったからだ。だから米中が軍事に関してもどれだけ互いに友好的で緊密な連携を取っているかを褒め称え、トランプ大統領の年内訪中を再度約束するなど、友好をアピールするのに余念がなかった。

 一方、中国が「双暫停」(北朝鮮は核実験・ミサイル発射を暫時停止し、アメリカは米韓合同軍事演習を暫時停止し、話し合いの席に着く)という提案をし続けていることは、アメリカは十分に承知しているはずで、中国はアメリカが認識していることを確信している。。

 その前提の中で、8月14日、中国は「中朝軍事同盟」カードを切って、北朝鮮にグアム沖合へのミサイル発射を思いとどまらせている(8月15日のコラム「北の譲歩は中国の中朝軍事同盟に関する威嚇が原因」や8月13日のコラム「米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった」をご覧いただきたい)。

 8月14日、金正恩が「悲惨な運命の時間を過ごす愚かなアメリカの行動をもう少し見守る」と発言したその「見守る対象」とは何か?

 それこそが21日から31日まで行われる米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダム・ガーディアン(Ulchi-Freedom Guardian, UFG)」である。

 たしかに「米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった」に書いたように、環球時報が米朝両国に警告したのは以下のことである。

 ●北朝鮮に対する警告:もし北朝鮮がアメリカ領を先制攻撃し、アメリカが報復として北朝鮮を武力攻撃した場合、中国は中立を保つ(筆者注:即ち、中朝軍事同盟は無視する)。

 ●アメリカに対する警告:もしアメリカが米韓同盟の下、北朝鮮を先制攻撃すれば、中国は絶対にそれを阻止する(筆者注:これは中朝軍事同盟に従って北朝鮮側に付くことを意味する)。

 北朝鮮が中国のこの警告に従った以上、中国としては何としても米韓合同軍事演習を中止してほしかった。しかしアメリカは「中止しない」ことを、こともあろうに日米「2+2」外交防衛会議の流れの中で発表したのだ。

◆裏切られた「ダンフォード・習近平」会談――日米「2+2」外交防衛会議

 新華社のウェブサイト新華網は、8月18日、日本時間17日に日本とアメリカの外務・防衛閣僚協議「2+2」が日本時間17日夜にワシントンで開催され、その共同記者会見で「日米韓の安保協力」と北朝鮮に対する3か国の軍事演習強化などに言及したことを詳細に報道した。

 このことに関して中国は激しく反応している。

 たとえば新華網が発信した情報は中国のさまざまなウェブサイトで転載されている。新浪新聞や21世紀新聞などがある。 もちろんCCTVでも特集番組で取り上げたが、うまくリンクできる安定したURLが見つからないので、これらの文章から読み取って頂きたい。

 中国外交部のスポークスマン・華春瑩(か・しゅんえい)も17日、定例記者会見で「双暫停」こそが中国の絶対的な基本方針だと主張し、アメリカがそれを拒否したことを非難した

 CCTVは8月23日の「朝聞天下」や8月24日の「今日関注(Focus Today)」など、ひっきりなしに米韓合同軍事演習に関する報道を繰り返している。(リンク先がうまくつながらない場合はお許し願いたい。)

 番組では、どんなに参加人数を軽減するなどしても、開戦まであともう一歩といった臨戦態勢を取り、米軍のハリス太平洋司令部司令官、ハイテン戦略司令部司令官、グリーブス弾道ミサイル防御局局長およびブルックス在韓米軍司令官兼米韓連合司令官の4大巨頭を「実戦場」に集結させるという前代未聞のデモンストレーションをやるに至っては、これまでで最大規模だということさえできると、解説者は怒りを隠さない。

◆特に米空軍のU-2偵察機を非難

 日本ではこのたびの米韓合同軍事演習でU-2偵察機が使われたことを報道した情報は(筆者の知る限り)あまり見たことがなく、唯一産経新聞が、ロイターの写真キャプションで報道しているくらいだ。そこには明確に「21日、韓国・ソウル近郊の平沢にある米軍基地上空を飛ぶ米空軍の偵察機U-2(ロイター)」と書いてある。

 ところが中国では、ほとんどがこのU-2偵察機(スパイ機)に話題が集中しているくらい、盛んに報道されている。たとえば、「U-2偵察機、朝鮮半島上空に出現。米軍は開戦の準備をしているのか?」など、数多く見られる。

 この偵察機は、韓国に配備されているTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)に付属しているXバンド・レーダーより遥かに高い「偵察能力」を有しており、中国大陸における軍事配備をも偵察できる。そのため中国は何よりもU-2偵察機の使用を非難しているのである。

 結果、習近平は米韓合同軍事演習を奨励した日米「2+2」外交防衛会議を苦々しく思い、特に日本の関与を実に不快に思っているので、日本への何らかのいやがらせ的軍事行動があるかもしれない。日中国交正常化45周年記念行事も一応行うのは行うが、快く思っているわけではないことを、頭に入れておきたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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