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米中首脳会談の結果を、中国はどう受け止めたか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
米中首脳会談、初日の晩餐会(写真:ロイター/アフロ)

中国は米中首脳会談の成果を大きく強調したが、共同記者会見もないという異常事態。会談直前の北朝鮮のミサイル発射と会談中の米国によるシリア攻撃により顔に泥を塗られながら、習近平が笑顔を保った訳とは?

◆顔に泥を塗られながら、笑顔を保った習近平

米中首脳会談の開催を目前にした北朝鮮は、4月5日、又もやミサイルを発射した。

トランプ氏が大統領選中に「ハンバーガーでも食べながら金正恩(キム・ジョンウン)と話をしてもいい」という主旨のことを言ったものだから、北朝鮮はトランプ氏が大統領に当選した昨年の11月8日から今年2月12日まで、ミサイル発射を控えていた。ひょっとしたらアメリカの次期大統領が自分と会ってくれるかもしれないと期待していたからだろう。 

北朝鮮には「アメリカに振り向いてほしい」という強い願望がある。金正恩のあまりのならず者ぶりに今では見えなくなっているが(そして感覚的に受け入れにくいが)、1953年に休戦協定で終わった朝鮮戦争を停戦協定(平和条約締結)に持って行ってほしいというのが、もともとの始まりではあった。53年7月に南北軍事境界線の板門店で休戦協定に署名したのは北朝鮮とアメリカだ。だからアメリカに振り向いてほしい。停戦になれば、在韓米軍の必然性が消える。「ならず者国家」は、たしかに今ではもうそれだけではなくなっている。核保有国として認めろという姿勢を崩していない。

しかしアメリカ政治に詳しい早稲田大学の中林美恵子氏によれば、アメリカ政界(の一部)では「いっそのこと北朝鮮とは平和条約を結んだ方がいいのではないか」という声が、いま出始めているとのこと。

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だが、その声はまだ小さいのだろう。

2月12日に北朝鮮がミサイル発射の抑制を破ったのは、2月3日に米韓の間でTHAADの年内配備で意見が一致したからであり、2月10日に開催された日米首脳会談で北朝鮮に対して核・ミサイル開発の放棄を要求することを意思表明したからだろう。この時点で、「トランプは自分とハンバーガーを食べることはない」と判断したにちがいない。

だから安倍首相が訪米してトランプ大統領と首脳会談を行った最終段階でミサイル発射を再開している。

となれば、4月5日の北朝鮮によるミサイル発射は、米中首脳会談を牽制するために行なったものと考えるのが普通だろう。

しかし中国の外交部報道官は、「このたびの北朝鮮のミサイル発射と米中首脳会談は関係がない」と言ってのけた。当然、中国としては、トランプ大統領から「もし中国が協力しなければ、アメリカ単独で行動してもいい」と言われ、北朝鮮からも泥を塗られたとなれば、訪米する習近平国家主席の威信に傷がつくから、関係性を否定したいだろう。

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それだけでも十分な痛手を負っているのに、今度はアメリカ時間の6日夕方、習近平国家主席夫妻がトランプ大統領夫妻の招きを受けて華麗なる晩餐会をフロリダの高級別荘で披露しているというのに、そのさなかにアメリカがシリアに向けてミサイルを59発も発射していたのだから、習近平国家主席の驚きは尋常ではなかったにちがいない。夕食後にシリア攻撃情報を知った習近平一行は、そそくさと宿泊先に引き上げたと言われている。

アメリカの電撃的なシリア攻撃は、トランプ大統領の「何なら北朝鮮に対してアメリカ単独で行動してもいいんだよ」という言葉が、脅しではなく「本当に実行されるかもしれない」という現実味を帯び、習近平国家主席には相当のプレッシャーになったにちがいない。

もっとも、トランプ大統領はオバマ前大統領とは違うんだということをアメリカ国民に知らせたいという意図から、唐突とも言えるほどの(迅速な?)決断をしたのだろうが、それにしてもタイミングがあまりに合いすぎた。今度はトランプ大統領によって習近平国家主席は顔に泥を塗られた形だ。

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習近平はその場でトランプ大統領に対して「化学兵器の使用には反対する。トランプ大統領の決断に賛同する」かのようなリップサービスまでしているが、心は裏腹だっただろう。宿泊先では、その逆のことが討議されたにちがいない。

その証拠に、中国共産党が管轄する中央テレビ局CCTVは、習近平国家主席の偉業を讃えると同時に、米中首脳会談とは全く関係ない形でアメリカのシリア攻撃を伝え、特にロシアやシリア側の抗議声明に重きを置いて繰り返し報道し始めた。シリアのアサド大統領が「シリア政府は絶対に化学兵器を使っていない」と抗議している声明を何度も報道したし、中でも「果たして、シリアのアサド政権側が化学兵器を使ったのだろうか」「その十分な検証もなしに、アメリカがシリアを攻撃したのは拙速だ」「これはシリアに対する侵略行為だ」「アメリカのこのミサイルで一般市民や子供が大勢死亡している」「この攻撃はISテロ組織を勇気づけ喜ばせただけだ」というシリアやロシアの抗議声明や評論家の意見に重きを置いて報道した。

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それでも翌日、トランプ大統領と二度目の会談に入った習近平国家主席は、笑顔を絶やすことがなかった。

なぜか――?

それは、今年の秋に党大会があるからだ。

3月は全人代(全国人民代表大会)があったし、5月には一帯一路の初めてのサミットに没頭しなければならない。6月に入れば夏の北戴河の集まりにおける次期党大会の人事配置に着手し始める。したがって、訪米時期としては4月しかなかった。もちろん日本やイギリス、ドイツあるいはカナダなどの首脳がトランプ大統領との首脳会談をつぎつぎとこなしている中、中国がそう遅れととったのでは「威信」にかかわる。それも訪米を急いだ理由の一つだ。

その割に、トランプ大統領を前にした習近平国家主席の表情は、おもねるように委縮し、いつもの、あの「威張り過ぎた」表情や「満面の笑みサービス」は消え、始終「ともかく泥を塗られても屈辱に耐え、一見、柔和な笑みを絶やさず、トランプ大統領と対等に渡り合っていますよ」という「映像用のポーズ」だけは保つことに全力を注いでいるように映った。

中国共産党中央委員会の習近平総書記としては、何としても、米中首脳会談を輝かしいものとしなければならなかったのである。

◆米中首脳会談は「大成功!」と中国国内報道

米中首脳会談に関する中国国内における報道は、きらびやかさに満ち、ただひたすら中国の外交勝利を讃えるものに貫かれている。

まず初日の晩餐会に関しては習近平国家主席夫妻とトランプ大統領夫妻が、「いかに互いを尊重して円満な雰囲気の中で行なわれたか」を讃えた。

たとえば中国共産党の管轄下にある中央テレビ局CCTV-1のニュースCCTV13(最初に15秒間ほどの宣伝がある)をご覧いただきたい。

そこでは概ね、以下のような説明をしている。

――習近平は「トランプ大統領と非常に有意義な会談をおこない、中米関係に関して重要なコンセンサスを持つに至った。われわれは相互尊重と互利互恵の基礎の上に立って、貿易投資や外交安全、サイバー・セキュリティ、人文交流など広範な領域において協力を遂行していくことを確認し合った」と語り、一方、トランプは「習主席の指導のもと、中国が際立った発展を遂げたことを、世界中の人が尊敬し注目している。習近平主席とは初めて会談したが、さまざまな意見を交換することができて、実にすばらしい話し合いを持つことができ、友情深い関係を築くことができた」と述べた。

このように、やたら「晩餐会は実に友好的に雰囲気に溢れていた」と褒めそやした。

CCTV13にあるトランプ大統領の5歳の外孫(イヴァンカさんの娘)が『茉莉花』(モア・リー・ホワ)という歌を中国語で歌った場面は、新華社が特に報道したため、他の多くのメディアが転載した。たとえば「鳳凰網」「捜狐」などがある。

この歌は中国人民解放軍専属の歌手だった彭麗媛夫人が歌ったことでも有名で、習近平国家主席がまだ浙江省の書記をしていた2005年の春節の宴で歌った映像も残っている(「春節の宴」は日本の「紅白歌合戦」に相当するようなCCTVの恒例行事)。

イヴァンカさんは自分の子供たちに中国語を覚えさせ、今年のワシントンにある中国大使館で春節の催しが開かれたときには、子供たちを連れて中国大使館に行ったこともある。

彭麗媛夫人はそのことを最大限に利用して、「夫人外交」を展開した。

習近平国家主席のこのたびの外訪は、フィンランド訪問を含めて専門のウェブサイト「出訪Visit」(新華網)などが作成され、大々的に「外交勝利」を謳っている。

◆中国にとって「勝利」ではなかったはず――共同記者会見もなく

二日目(現地時間7日)の実務的会談や二人だけの散歩に関しては、多くのメディアが「新華網」の写真などを転載している。たとえば「中華網」などがあり、動画ではCCTV13(広告が二つあった後に画面が出てくる)で観ることができる。

いずれも「習近平・トランプ」の緊密さと中国の「外交勝利」を讃えるものばかりだ。

しかし共同記者会見さえなかった首脳会談が、「勝利」だとは、とても思えない。

◆結果は?

結果的に米中間で、おおむね以下のような方向性が確認されたようだ。

●貿易に関しては100日間かけて両国間で協議解決する。

●北朝鮮に関しては米中とも北の暴走を食い止めることでは一致しているが、方法論に関しては平行線。中国はあくまでも米朝が対話のテーブルに着くことを要求し、アメリカは(シリア同様)、いざとなったら軍事攻撃をとることを選択肢の一つとする。同時に北と関係を持っている中国企業を個別に叩いていく。これに対して習近平側は、明確な回答を避けている(後者に関しては、黙認したとも受け取れる)。

◆では、今後中国はどうするのか?

これに関しては、筆者の推測だが、中国はいま、以下のような可能性を考えているのではないだろうか。

アメリカがシリアを攻撃したことにより、北朝鮮がさらに核・ミサイル開発を加速させる危険性がある。

アメリカがシリアに力を注がなければならなくなった分、北朝鮮には、それほど大きな力を注げなくなる可能性がある。だから、ひょっとしたら逆に北への武力攻撃は抑制するかもしれない。

アメリカはロシアを完全に敵に回したので、北への攻撃がしにくくなる。全面戦争になる可能性が高まるから、決断を延期するかもしれない。

あるいは逆に5月9日になると、韓国に親中・親北朝鮮・反米の政権が誕生する可能性があるので、その前に北への武力攻撃を断行するかもしれない。事実アメリカは8日、韓国に核兵器を配備するかもしれないと発表した。となれば朝鮮半島における戦争が現実味を帯びてくる。

いずれにしても中国へのプレッシャーは高まり、中国としても北への圧力を強化するしかない。中国への圧力という意味では、シリア攻撃と首脳会談は一定の効果を発揮した。

◆日本は?

まだまだあるが、長くなり過ぎた。

少なくとも日本としては日米韓の同盟が強化できるよう、日韓関係を修復しなければならないだろう。しかし韓国は自国の安全よりも慰安婦問題を重視し、それによって選挙民の心をつかもうとしている。この(愚かな)現状を、日本は打破できるのか。

そして武力攻撃が始まったら(始まらなくともその可能性はあるが)、北が最初に狙うのは在日米軍基地であることを肝に銘じなければならないだろう。アメリカによる北への武力攻撃は、ひとごとではない。いかにして日本国民を守るか、真剣勝負が目前に迫っている。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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