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なぜこのタイミングで中越共産党首脳会談?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

ベトナム共産党のグエン・フーチョン総書記は7日、習近平総書記と会談した。カーター米国防長官訪日とフィリピンのTPP不参加宣言を受けて、AIIBを中心とした中国主導経済圏への抱え込みを図る紅い皇帝の権謀術数を読み解く。

◆人民大会堂で熱烈歓迎されたベトナム共産党総書記

習近平国家主席は7日、中国共産党総書記として人民大会堂でベトナム共産党の阮富仲(グエン・フーチョン)総書記と会談した。会談会場には一つ星のベトナム国旗と五つ星の中国国旗(五星紅旗)が真っ赤に並べられ、熱気にあふれていた。

ベトナム側はベトナム共産党政治局委員の3分の1の高級党幹部を従え、中国側は習近平総書記・国家主席、李克強・国務院総理、張徳江・全人代常務委員会委員長、兪正声・全国協商会議主席などのチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員会委員)を始め、20名ほどの関係党幹部が顔をそろえた。

その様子は中央テレビ局CCTVでくり返し報道され、中国がいかに南シナ海に関わる係争を超越して、経済的に南シナ海沿岸諸国と緊密に連携し平和裏に発展しようとしているかを、これでもかとばかりにアピールした。

この熱気に満ちた会談場面報道のあとに、カーター米国防長官が訪日し、東シナ海および南シナ海における中国の脅威に対する日米安全保障問題を語っている様子を批判的に報道するという、実に計算し尽くされた報道効果は、紅い皇帝の思惑を存分に映し出している。

中越両共産党総書記は、この会談において以下の文書に署名した。

<ベトナム共産党と中国共産党の協力計画(2016-2020年>

<ベトナム社会主義共和国と中華人民共和国引き渡し協力協定>

<ベトナム国防部と中国国防部の間の『国連平和維持領域協力に関する備忘録』>

<ベトナム計画投資部(省)と中国国家飯店改革委員会の間の『陸路インフラ設備協力工作組に関する備忘録』>

<ベトナム国家銀行と中国人民銀行の間の『貨幣金融協力工作組職権範囲』について>

……などなど、数多くの協力関係が締結された。

結果的にひとことで言うならば、「昨年の南シナ海における掘削問題に関する紛争はあったものの、互いに平和的に解決し、経済を通して友好関係を発展させていこうとしている」ことをアピールしようというもので、ベトナム側はさらに中国が提唱する「海の新シルクロード構想」に協力することを誓った。

つまり、中国側としては、「カーター米国防長官が訪日して南シナ海の安全保障に関して中国を牽制し、日米同盟を強化しても、こちらは平和裏に互いの国が話し合っているのだから、日米の主張は適切でない」と言いたいわけだ。

紅い皇帝の権謀術数は、ベトナムに留まらない。

◆フィリピンのTPP不参加表明に時期を合わせたタイミング

中国がAIIB参加国申請締め切りを3月31日と区切ったその前日(3月30日)、フィリピンは米国が提唱するTPPに関して「不参加」の意思を表明した。AIIBに参加して、米国との関係より中国との関係を重視すると宣言したのだ。

このタイミングを見て、中国はベトナム共産党総書記の訪中を受け入れた。

実は昨年、ベトナムでは激しい反中デモが繰り広げられたこともあり、中国は当初、必ずしもグエン・フーチョン総書記の訪中を熱烈歓迎するムードではなかったのだが、ベトナムもなかなかにやる。

なぜなら、ベトナム戦争で米国と対立していたベトナムは、今年で米越国交正常化20周年記念を迎えるに当たって、グエン・フーチョン総書記が訪米を検討していることをほのめかしたのだ。

米越が先に会談したのでは困る。

ここは何としてもAIIBの勢いに乗って、ベトナムを中国側に惹きつけておきたい。

フィリピンがTPP不参加を表明したことは、つまり、アメリカよりも中国主導の経済圏に乗っかった方が得だとフィリピンが判断したということになる。

だとすれば、イギリスがAIIB参加を表明したことにより、一気にG7先進国を切り崩したように、ここでベトナムをしっかりつないでおけば、南シナ海問題に関しても、フィリピンを中国側に引き寄せることができる。

領土問題なので、そう簡単に運ぶはずもないが、しかし、ふだんは米軍とフィリピン軍との共同軍事演習を激しく非難しているCCTVが、中越共産党首脳会談報道の前後は、その批難が心なしか抑えられ、むしろフィリピンのTPP不参加がクローズアップされて報道されていた。 そこに、「紅い皇帝」習近平のニンマリとした権謀術数が透けて見えるのである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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