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神経質になっている中国当局――江沢民続報

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

神経質になっている中国当局――江沢民続報

9月7日に筆者は、江沢民に関して一両日中に重要な発表があるかもしれないと書いたが、その「重要な内容」は意外なものだった。責任上、ここに舞台裏の一部始終を正直に書く。

◆重要情報を公開する前の緊急招集

筆者は90年代半ばから2000年代前半にかけて、中国政府のシンクタンクである中国社会科学院の客員教授として北京にいたが、そのとき奇妙な現象を何度か経験している。

それはときどき全てのスタッフがいきなり一人残らず血相を変えていなくなってしまうという現象だ。

どんなに仲のいい研究仲間であっても、絶対にその理由を教えてくれないし、また聞いてもいけないという雰囲気がそこにはあった。

その研究所を離れたのちに、それは中央からの重要な内部情報を伝えるためにかかった「緊急招集」であることを知った。特に2000年前後は、江沢民の「三つの代表」を発表するための基礎となる社会調査が中国社会科学院に委託されていたので、異様な緊張感の中で、筆者はたびたびひとり取り残されたものだ。

今般の江沢民の病状悪化に関して、筆者のところには複数の関係者から情報が寄せられていた。その中には中国の国営メディアからのものもあり、「いざという時のために、公表の準備をしている」という情報が入っていた。

そんな折、7日の夕方、突然「大変だ!」と教えてくれた某人物がいる。

「中秋節だというのに、明日(8日)、緊急招集がかかった」というのである。「よほどのことがない限り、休みの日に緊急招集がかかるなんてことはないから、これは重大な発表をするということだと思う」と息せき切っていた。「心の準備をしなければ」と、自らに言い聞かせるように続けた。中国では9月6日から8日までが中秋節の休日だ。

「それでは、つまり、いよいよということなんですか?」という筆者の問いに対して「それ以外には考えられない。こんな中秋節に突然呼ばれるなんて変だ。きっと重大な内部通達のあとにメディア公表になると思う」と答えたのである。

念のために、別の人物にも確認した。同じことを言い「8日夕方のニュースに注意するといい。中秋節なので9日まで延ばすかもしれないが」と付け加えた。

そこで筆者としては、これは間違いないと判断したわけだ。

◆重要内容は「箝口令(かんこうれい)」だった

8日の、緊急招集が終わっただろうと思われる時間帯に関係者に電話連絡してみたところ、怒ったように「封口令(箝口令)だった。だから、これ以上は何も言えない」と電話を切ってしまった。消耗しきった険しい語調だった。本人自身が驚いている様子だ。

9月8日夕方7時(日本時間8時)の中央テレビ局CCTVと新華網(新華社のウェブサイト)の報道を確認したが、「消耗しきった険しい声」どおり、江沢民に関するいかなる報道もなかった。

中国当局は、なぜこのような緊急招集をしてまで「箝口令」を布かなければならないのか。そこまで神経質になっている理由は何なのだろう?

◆中国当局が神経質になる理由は?

カギは逆に今年9月5日の「人民網」の記事だったかもしれない。そこにくり返し書いてある「お前の後ろ盾はこの私だ! 私より大きな権力を持った者は誰もいない!」という江沢民の言葉だ。これは習近平が省長をしていた福建省厦門市で起きた事件(1999年)に対して言った言葉であることを考えると、「いま江沢民が習近平に対して言っている」と解釈できはしないか。

習近平が江沢民腹心の大物、徐才厚や周永康を捕えた直後に江沢民が重篤になるのは、事実であるとしても、まるで因果関係があるように見えて、習近平としては困る。

なぜなら習近平は反腐敗運動によって膨大な数の腐敗党幹部を処分した。党幹部の腐敗に業(ごう)を煮やしている人民は習近平を讃え、人気は急上昇だ。

その習近平が江沢民の腹心を捕えたことにより江沢民が重篤になったとなれば、習近平の人気は微妙なものとなるだろう。来月に開催される「四中全会」(第四回中国共産党中央委員会全体会議)にも影響する。「四中全会」では周永康の党籍はく奪などを決議しなければならない。それを困難にさせてしまうような要因は、一刻も早く取り除かなければならないのだ。

だからこそ、この中秋節の時期、人民が横につながって噂を広げないよう緊急招集をして、指示を出したものと思う。重篤であったとしても、それを広めることは禁止するということだ。習近平とリンクしないところまで、できるだけ延ばすという考えだろう。

拙文を読んで下さった方は、「いつ発表されるんだろう」と、頭の片隅では注意を注いでおられたにちがいない。それを思うと実に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

筆者としては、つねにリアルタイムで中国のありのままの状況を日本の皆さんにお伝えしたいという思いがあり、日々老体に鞭打っている。義務があるわけではないが、自分の70年以上にわたる経験が少しでも日本の役に立てばという使命感のようなものがある。きっと今後もリアルタイムで時々刻々お伝えすることを続けると思うが、そこから中国の真相が見えてくることを望むばかりだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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