『わたしは、ダニエル・ブレイク』はチャリティー映画じゃない。反緊縮映画だ。

(写真:REX FEATURES/アフロ)

ケン・ローチのもっともな主張

ケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』日本公開に際し、日本の配給元を中心とした関係者が、「ダニエル・ブレイク」基金を設立しており、劇場公開鑑賞料の一部が寄付されることになっている。これについて、ケン・ローチはこうコメントしている。

「ひとつだけ付け加えたいのは、ともかくチャリティーは一時的であるべきだということ。ともすると、チャリティーというものは不公正を隠してしまいがちだが、むしろ不公正の是正こそが最終目的であることを忘れてはならない」

出典:シネマトゥデイ

チャリティーはだいじ。だいじなんだが、そればかり強調されると、英国でのこの映画の捉えられ方とはずいぶん差がでてくる。

ケン・ローチは、実際にフードバンクを視察したり、そこに来ている人々に取材したりして『わたしは、ダニエル・ブレイク』を作っている。そして、彼の怒りはフードバンクをもっと増やせとか、慈善活動を充実させろとかそういうことではない。

寧ろ、そもそもそんなものがあるのがおかしいのだ、緊縮やめろ、と怒っているのだ。

緊縮財政は歴史的にヤバい

本作の舞台である英国の保守党政権が、本格的な緊縮財政政策を始めたのは2010年のことだ。

キャメロン元首相とオズボーン元財相の「緊縮コンビ」は、財政健全化を最優先とする政策を打ち出し、福祉、教育、医療といった地べたの庶民の生活にもっともダイレクトに影響を与える分野での財政支出を大幅に削減して行った。

歴史的に見て、英国の保守党は緊縮が好きだ。いつもこれをやっている。例えば、1929年のウォール街での株価大暴落後。せっかく第4回選挙法改正で21歳以上の女性に選挙権が与えられ、労働者階級の女性たちの投票の影響で労働党政権が発足していたにもかかわらず、これは国の非常事態だってんで挙国一致内閣が組閣され、事実上の新政権の支配者は保守党になる。

で、何が起きたかというと、やっぱり緊縮だ。世界恐慌は緊縮で乗り切るしかないとか言い出し、その結果どうなったかといえば、スラムを広げ、困窮する北部と裕福な南部に国を分断。失業者が増えると「この人たちを税金で養っていくのは我々なのか?」と中流階級が不安と不満を感じ始めて、そのムードを緩和すべく、政権は失業保険で生きる人々を懲罰的に扱い始める。

鉄の女、マーガレット・サッチャーも緊縮魂の人だった。英国の経済再生は、支出抑制による財政再建によってしか達成できないと言い、「投資と雇用回復を求めるのなら、英国民は生活水準の低下を受け入れる以外に道はない」と主張した。「平等に貧しくなりましょう」+「この道しかない」のダブルパンチである。

で、彼女の緊縮政策によって何が起きたかというと、富裕層の生活水準は落ちなかったが、貧しい労働者階級の生活水準はどんどん落ちて行った(そもそも、保守党がどうしてそんなに緊縮が好きなのかというと、それは保守党の支持基盤である裕福な層やエスタブリッシュメントが満足する政策だからだ。緊縮はまちがっても地べた民の側に立つ政策ではない)。

で、こんな世の中になるとどうなるかというと、サッチャーの時代は英国各地で暴動とテロが頻発した血なまぐさい時代になった。緊縮は社会を分断し、対立を生む。

(以上、参考文献はセリーナ・トッド著『ザ・ピープル イギリス労働者階級の盛衰』みすず書房)

そしてダニエル・ブレイクへ

2009年の景気後退にしても、保守党政権は2008年の金融危機の影響を無視し、「労働党政権時代の使い過ぎのせい」として、この不景気を乗り切るには緊縮しかないと言った。オズボーン財相は400億ポンドの歳出削減を宣言し、大幅な福祉削減、公務員賃上げ凍結、付加価値税率引き上げなどを発表した。その一方で、キャメロン元首相は「ブロークン・ブリテン」と呼ばれる荒れたアンダークラスを更生させると宣言。失業保険、生活保護受給者を懲罰的に扱うようになる。保守党の政治は判で押したようにいつも同じコースを取る。

そのおかげで2013年にはフードバンク利用者が前年比300%になった。「生活保護受給者へのサンクション(制裁)」などという言葉が新聞の見出しを飾り始めたのもキャメロン元首相が政権を取ってからだ。だいたいサンクションなどという言葉は、テロ支援国家指定された国に経済制裁をかけたりするときに使われるものだったのに、いつの間にか一般庶民まで福祉当局からサンクションをかけられるようになっていた。つまり、働かない人間は、国からテロリスト同然だと見なされるようになったのだ。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』で福祉からサンクションを加えられている主人公たちも、国家からテロリスト認定されたのだ。

何のために? 緊縮財政の非人道性に抗い、尊厳を持って生きようとしたために、だ。

この映画は作り話ではない

昨年、本作が英国で公開されたとき、労働年金大臣のダミアン・グリーンは、「『わたしは、ダニエル・ブレイク』は現実味を欠くフィクションだ」と言った。

しかし今年1月には、呼吸困難など複数の症状を訴えていた男性がロンドンのケンティッシュタウンの失業保険事務所のアセスメントで就労可能と判断され、失業保険事務所でのアポの帰りに心臓発作で亡くなるという事件が実際に起きている。

「経済政策で人が死ぬというのは大袈裟だ」とこの映画の公開時にも保守党議員たちは言った。彼らは緊縮財政政策をやるときにいつもそう言う。歴史的に言い続けてきた。

ふざけるな。

というのが英国の反緊縮運動のエッセンスである。

ケン・ローチは、同志たちとレフト・ユニティという政党を2013年に立ち上げている。

その設立理由は、こうだった。

新政党、レフト・ユニティの設立の理由は、主流政党が「緊縮」と呼ばれる政策を支持する政党ばかりだからです。「緊縮」は財政支出を削減し、労働者たちが何十年もかけて築いてきた社会的・経済的利益を破壊するものだからです。

出典:Left Unity Official Site

慈善はそれが継続的なものであれ、応急処置である。

それがゴールと思われるのは心外だから、ケン・ローチはあえて冒頭のようなことを言ったのだ。「社会には弱者はいるものだから助けてあげましょう、というのは右派の芸術作品だ。左派は弱者がいる状況に抵抗する姿を描く」と自ら言っている人なのだから。

ケン・ローチはよくこう言っている。

「『アジテート、エデュケート、オーガナイズ』という古い言葉がありますが、映画にできることは『アジテート』です」

80歳の英国の映画監督は、世界的な反緊縮運動の必要性をアジテートしているのだ。