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「聞く力」に振り回され 安倍国葬儀をめぐる岸田首相の迷走

安積明子政治ジャーナリスト
岸田首相は7月14日、安倍元首相の国葬儀を行うことを発表した(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

国葬儀の費用は16.6億円

 あれは野党の声を「聞く力」ゆえだったのか。岸田文雄首相が9月6日、安倍晋三元首相の国葬儀に関する費用を公表した。新たに判明したのは、当初公表していた会場設営費等2.5億円に加えて、警備費8億円と接遇費6億円、儀仗隊の費用0.1億円など合計16.6億円。つい最近まで「より確実な数字は国葬儀が終わった後でなければ示すことができない」と岸田首相は述べ、「聞く耳を持たない」様子だったが、世論や野党の声に押された形だ。

 日本テレビと讀賣新聞による9月の世論調査では、安倍元首相の国葬儀を行うことについて、「評価する」が38%に対して「評価しない」が56%を占めた。JNNの世論調査でも、「賛成」が38%に対して「反対」が51%と半数以上となっている。さらに内閣支持率も、政権発足後最低を記録した。旧統一教会問題に加え、国葬儀問題が岸田政権の足を引っ張る形になっている。

 岸田首相が国葬儀を行うことを最初に表明したのは7月14日だが、その4日前に行われた参議院選では自民党が8議席を増やしていた。衆議院を解散しなければ大きな国政選挙は2025年夏までないため、岸田首相は「黄金の3年間」を獲得したと言われていた。

 ところがそれも、怪しくなり始めている。原因は急激な円安と物価高で、長期的にはエネルギー問題と食料問題が国民生活を脅かす。

決意の背後に麻生副総裁と菅前首相

 昨年の総裁選で「新しい資本主義」を掲げた岸田首相だが、その内容は明らかではない。もっとも安倍元首相が存命中はアベノミクスに引っ張られたが、今もなおその呪縛から逃れられないでいる。それでも各野党の政党支持率がおしなべて低いため、具体的な危機感はない。

 そうした緩みが安易な国葬儀実施への発想に繋がった面もあるだろう。一方で麻生太郎副総裁による3度にわたる「理屈じゃねえんだよ」とのねじ込みで国葬儀実施を決定し、5日に菅義偉前首相に国葬儀にかかる数字を明らかにすべきとアドバイスを受けたと報道されている。菅前首相を頼ったのも、麻生副総裁のアドバイスに基づくもののようだ。

 すなわち元首相と前首相の発言に従って右往左往する現首相の姿が見えてくる。岸田首相は衆議院第二議員会館の菅事務所を訪問した後、官邸で記者団に取材を受けているが、菅前首相との会談についての詳細は語らなかった。

岸田首相の背後には、常にこの3人の影が見える
岸田首相の背後には、常にこの3人の影が見える写真:つのだよしお/アフロ

明確な根拠を欠く国葬儀

 にもかかわらず法律的な根拠を持たない国葬儀を、岸田首相は「総合的に判断して」行おうとしている。戦前には国葬令があり、国家に偉勲があった人が亡くなると、天皇が特旨により国葬を行うことができた。その判断は天皇が行ったが、同じ判断を総理大臣が行うのか。

 もっとも1967年10月20日に吉田茂元首相が亡くなった時、佐藤栄作首相(当時)が戦後の日本再建に尽力した功績をたたえて国葬儀を決定。11日後の10月31日に挙行した。佐藤元首相にとって吉田元首相は政治の師であり、自民党幹事長時代に造船疑獄で逮捕されるところを検察庁法14条に基づく法務大臣の指揮権によって救われた恩義がある。これによって吉田内閣は倒れたが、佐藤元首相は傷が付くことなく総理大臣まで上り詰めた。

 果たして安倍元首相と岸田首相の間に、そうした関係があったのか。第2次安倍政権が成立すると、外務大臣にとりたてて「私の後は岸田さん」と事実上の後継指名をしたと言われている。だが2020年9月の総裁選では安倍元首相は優勢だった菅前首相を応援し、2021年9月の総裁選でも高市早苗経済安全保障担当大臣を全面的に応援。優勢だった岸田首相の議員票を剥がそうとした。

 また国葬儀の根拠として岸田首相が挙げた「憲政史上最長の8年8か月にわたって首相の重責を担ったこと」「内政や外交で大きな実績を残した」「国際社会からの高い評価」「蛮行による死去に国内外から哀悼の意」の4つの要件も、最後の要件は別として、具体性に欠ける。長期政権は野党の弱体化が主な原因であり、実績や国際社会の評価は中曽根康弘元首相が先駆者だ。

 中曽根元首相は政府と党の合同葬で、首相在任中に倒れた大平正芳元首相や小渕恵三元首相も合同葬だった。合同葬の費用は政府と党で折半されるのが通例で、仮に安倍元首相の合同葬が行われる場合、会場設営費など2.5億円の半分は自民党の負担となるはずだ。

 そもそもこれら要件が国葬儀を行う要件として不可欠なもので、安倍元首相の事案にこれらにぴったりと当てはまるなら、わざわざ「総合的に判断する」必要はあるのか。そこに「恣意」が入る余地があることこそ、問題があるのではないか。

国葬儀は予想以上にしょぼくなる?

 さて190か国以上の弔問団と接遇が必要な首脳級の代表団が50程度とされる安倍元首相の国葬儀には、アメリカのバイデン大統領やフランスのマクロン大統領など主要国の元首は出席せず、岸田首相を入国禁止にしたロシアのプーチン大統領は早々と不参加を表明。安倍元首相とG7で最も長く席を共にしたドイツのメルケル前首相も参加の予定はない。

かつての盟友であるプーチンもメルケルも不参加
かつての盟友であるプーチンもメルケルも不参加写真:ロイター/アフロ

 国葬儀の費用公開をめぐって岸田首相が菅前首相に相談した時、「実際(の費用)は(予想よりも)減るかもしれない」と励まされたというが、それは要人不参加のために外交効果も薄くなるということなのか。迷走する岸田首相は「聞く力」に振り回されている印象だ。

 そしていよいよ9月8日に、岸田首相は国会で説明する。果たして国民が抱く疑問はその耳に届いているのか。もっとも重要なことに岸田首相は耳を傾けているのだろうか。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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