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5000トンもの生乳を余らせる、豊かな国の貧しい農政

安積明子政治ジャーナリスト
仔牛は乳牛として搾乳できるまで、3年ほどかかる(写真:ロイター/アフロ)

総理が記者会見で異例の呼びかけ

「年末年始に牛乳をいつもより1杯多く飲んでいただく。料理に乳製品を活用いただくなど国民の皆さんのご協力をお願いします」

 第207回臨時国会が閉会した12月21日に官邸で開かれた記者会見で、岸田文雄首相は異例の呼びかけを行った。新型コロナウイルス感染症による需要減少などで、牛乳の消費量が減少。年末年始には5000トンもの生乳が余るとの計算もある。牛乳パック500万本分に相当する。

 余剰の理由は新型コロナウイルス感染症だ。学校が休校になり給食が停止されたことと、外食が控えられたことで牛乳の需要が激減したためだった。

「私たち大臣・副大臣は、政務官も、お客様を牛乳でおもてなしなどする消費の拡大に取り組んでまいります」

 金子原二郎農水大臣は「NEW(乳)プラスワンプロジェクト」を発表した12月17日の記者会見で、北海道出身の2人の副大臣とともにコップに注がれた牛乳を飲みほした(金子大臣は牛乳が体質的に受け付けないために、コップの中身は牛乳ではなく飲むヨーグルトだったという説もある)。また東京都庁では小池百合子知事が腰に手をあてて牛乳を飲みほし、「東京牛乳」のパックを持ってしっかりと“地産地消”をアピールした。

北海道にしわ寄せが

「大都市近郊で生産された生乳は、主に飲用にまわされます。もっとも産出量の多い北海道は、チーズやバターなど加工用にされることが多いのです」

 北海道11区選出の石川香織衆議院議員(立憲民主党)は地元の苦境を語った。11区には畜産業が盛んな帯広市などが含まれ、十勝地方の生乳の産出割合は15%にものぼる。

「生産量が多いために、北海道はどうしても生産調整の弁にされやすい。余剰の生乳は長期保存のために脱脂粉乳などに加工しますが、在庫が増えすぎてしまい、加工も追いつかない状況です」(石川議員)

 北海道内の生乳生産量は2021年度で428万トン(見込み)と過去最高を記録。平成の終わりから生産は急増しているため、その分、余剰量は多大となった。北海道の鈴木直道知事もホクレンの西川寛稔副会長とともに牛乳を飲み、消費拡大を促す「牛乳チャレンジ」を訴えた。

「16年ぶりに生乳が、大量廃棄されるかもしれないという状況になっています」(鈴木知事)

2006年に行われた生産調整

 鈴木知事が「16年ぶりの状況」というのは、2006年に発生した生乳の大量余剰だ。この時、北海道は900トンもの生乳を廃棄した。農水省は2006年度の生産目標を前年度比で3%減らし、一部の乳牛は食用とされた。

 その反動が2008年に発生したバター不足だ。オーストラリアで2006年に大干ばつが発生し、乳牛の飼料が不作となった。その反面、ロシアや中国などで乳製品の需要が拡大し、国際的な供給不足が国内にも影響。ところが2006年と2007年に行われた生産調整のために、すぐに生乳を増産することはできなかった。乳牛は生まれて乳を出すまでに3年ほどかかるためだ。

「そればかりではありません。過剰な脱脂粉乳は豚や牛のエサとなっていますが、その価格差はホクレンや生産者が負担しなくてはなりません。それでは投資した畜舎の建設費など償還計画も崩れてしまいます」(石川議員)

対応が遅すぎる

 そもそも政府の対応が遅いと石川議員は憤る。「日本製の粉ミルクなどは中国や東南アジアで非常に人気がある。脱脂粉乳については1970年代に海外に100トン支援した前例があるので、食料支援に組み込むべき」と主張。12月21日にはTwitterで以下のように呟いている。

 実は参議院では生乳の大量余剰が生じた2006年4月から、農水委員会で水とともにピッチャーに入れられた牛乳が置かれている。中味は特別なものではなく、スーパーで売られている一般的なものという。

 衆議院でも委員会室に牛乳を置こうとしたが、自分の地元の牛乳を置いてほしいという議員たちの意見がまとまらず、実現できなかったという。どこにでも根強い「利権」が発生するのだ。

政府の対策でひとまず乗り切るか

 政府与党は12月23日、2022年度の畜産・酪農対策を決定。脱脂粉乳の在庫対策として、国が生産者団体と乳業メーカーによる取り組みを支援し、2万5000トンの飼料向け分を処理することになった。

 生産者としてはまずは一安心ということだが、これで根本的な解決ということにはならない。実際に生乳の生産調整問題は、過去に何度も発生している。

 12月13日の衆議院予算委員会で質問に立った石川議員は次のように訴えた。

「政府が大規模化を推し進めて、意欲のある人が多額の投資をしてがんばってきた。その人たちが負担する側になるというのは納得できない。全国レベルで生乳流通を考えていくべきではないか」

 それは生乳のみならず、食に関連する農業の様々な分野にも当てはまるだろう。いまや食料問題は環境問題や安全保障分野にまで及び、高度の政治問題となっている。是非とも岸田文雄首相の「デジタル田園都市構想」で、それらを昇華させてほしい。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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