凡庸などんぐりの背比べ

 枝野幸男氏に替わる立憲民主党の新たな代表が11月30日に選ばれるというのに、これが全く盛り上がっていない。テレビ朝日ANNが11月20日と21日に行った調査によると、立憲民主党の次期代表の可能性は、泉健太氏が12.4%、逢坂誠二氏が8.4%、小川淳也氏が8.5%、そして西村智奈美氏が10.4%。それから1週間を経た現在も泉氏がややリードしていると見られるものの、ほとんどどんぐりの背比べといってよく、第1回投票では決まらないだろうと言われている。

 しかし1度で決まらないからといって、代表選が低迷する必然性はない。9月に行われた自民党総裁選でも、4人が出馬したために第1回投票では決まらなかったが、それでも出馬会見で堂々とその主張を述べた高市早苗氏を「将来の総裁候補」に押し上げるなど、大いに盛り上がった。

 立憲民主党の代表選が盛り上がらない原因のひとつは、彼らの主張にインパクトがないことだ。自民党総裁選の場合、岸田文雄氏が8月26日の出馬会見で、「党の役員に若手を抜擢し、1期1年で3期まで」とぶち上げた。これは当時幹事長として党内で権勢をふるっていた二階俊博氏のクビを獲る宣言に等しく、これが岸田総裁誕生の遠因になっていることは明らかだ。

 もっとも二階氏に引導を渡したのは岸田氏ではなく、二階氏を斬ることで反転攻勢を期した菅義偉前首相。前々から二階氏に政権を狙うことを薦められ、2020年9月の菅政権誕生も二階氏のおかげでもあった。にもかかわらず、斬り捨ててしまう非情さが、自民党には存在する。

 だが野党である立憲民主党代表選には、そうしたダイナミックさは存在しない。しかも立候補している面々には、全国レベルの知名度はない。訴えている党改革についても、「執行部の半数を女性にする」とか「野党ヒアリングを廃止する」など、およそ国民が目を見張るものとはほど遠い。

代表選の後に分裂か?

 そもそもジェンダー問題への取り組みをアピールする政党であるにも関わらず、4人中で女性の候補はただ1人で、候補の4人中2人が女性だった自民党総裁選より遅れたイメージだ。そしてさらなる懸念がある。

「このままでは代表選の後、党内の分裂が必至。しかも誰が代表になっても、それを防ぐことはできないだろう」

 有楽町駅前で演説している小川氏を眺めながら、ある立憲民主党関係者は筆者に囁いたが、すでにその兆候は見えている。たとえば小沢グループは国民民主党に近い泉氏を警戒していたが、泉氏が最有力と判明すると「寄らば大樹」と泉氏を支持。その影響なのだろう、小沢一郎氏と確執のある階猛氏は、当初は泉氏支持をほのめかしていたが、今や小川氏を支持している。

 泉氏が2位以内に入るのはほぼ確実だが、そうなれば決戦に残ったもう一方を立憲民主党の最大グループである旧社会党系は総じて支持するだろう。その結果、立憲民主党は生まれ変われるのか。その「顔」で来年の参議院選を戦い抜くことができるのか―。

松井続投を決めたのは手堅く見えるものの……

 党の規約で代表の任期を国政選挙などから90日後までとしている日本維新の会は、11月27日に臨時党大会を開き、代表選を行わずに松井一郎代表の続投を決めた。大阪市長である松井氏は、昨年11月の「大阪都構想」の住民投票が否決されたことで、2023年4月の市長任期満了をもって政界引退を表明しているものの、来年の参議院選に向けて続投を望む声が多かった。要するに国政には松井氏に替わる人材がいないということだ。

 そもそも維新が力を伸ばせたのも、安倍・菅政権時に官邸と深く結びついた所以。松井氏(そして維新の創設者と言える橋下徹氏)は安倍晋三元首相や菅前首相と定期的に会って会食し、関係を深めていたことはあまりにも有名だ。

 また今年の衆議院選で41議席を獲得できたのは、吉村洋文大阪府知事を「顔」にしたからに違いない。吉村氏は10月だけでも、大阪と兵庫で38か所、それ以外で18か所も演説を行った。とりわけ29日には13時にIR高槻駅南口ロータリー、14時30分にコーナン高槻城西店内、16時30分にJR高槻駅北口と大阪10区内を集中して演説し、当初は優位にあった立憲民主党の辻元清美氏を比例復活できないほどにまで打ちのめしている。

 巧妙なのは、新たに共同代表に就任する馬場伸幸幹事長の後任に当選2回で40歳の藤田文武衆議院議員を起用し、代表選に意欲を見せた音喜多駿参議院議員に政調会長、柳ケ瀬裕文参議院議員に総務会長のポストをあてがうという案だ。若手の登用と見せかけて、実権は依然として大阪にあるということ。すなわち維新が目指すのは、大阪を頂点として全国をその下に置くという権力構造に他ならない。いったい松井氏が引退した後、日本維新の会はどうするのか―。

 代表選を行う立憲民主党と代表選を行わない日本維新の会。この2つの政党のイメージはまさに対極にあるが、いずれも政権を委ねるには不安があるところは共通しているといえる。