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総理大臣会見で初めて質問したフリーランスが見たこと・感じたこと

安積明子政治ジャーナリスト
安倍首相は多くの質問にメモなしで答えた(写真:ロイター/アフロ)

諦めていた総理会見で突如の指名

「女性の、白いお召し物の方」

 3月14日の総理会見で長谷川榮一広報官からこのように指名されたその瞬間、筆者は自分の左腕に目を落とし、羽織っていた白いアンゴラのカーディガンの袖を見た。「白いお召し物の方」が自分だと確認するためだった。

 筆者が総理会見に参加し始めたのは野田政権からだが、これまで一度も指名されたことはない。最初の頃こそ、「今度こそは」と思って念入りに質問の準備をしていたが、いつも期待は裏切られた。最優先されるのは内閣記者会の番記者で、その次が大手メディアに所属の記者。その中に外国メディアも含まれている。

「会見弱者」のフリーランス

 インターネット系や雑誌系はその後だろう。そして筆者のような完全な独立系のジャーナリストは一番最後にまわされる。背後にある力関係を考慮すれば、わかりやすい順番だ。

 よっていつの間にか、総理会見で質問することは諦めていた。安倍政権になって以降は、挙手すらしなくなった。そもそも自民党は野党時代にはフリーランスには寛容で、総裁会見や政調会長会見などは開放してくれていたが、政権を獲ったとたん、掌を返すように閉じている。

 以降、総理会見は自分が質問する場ではなく、会場の雰囲気を探る場となった。総理会見には官房長官以下、官邸の主要人物たちが列席する。彼らの顔色などを見れば、官邸の中で起こっている人間関係の動きを察知できる。少なくとも伝わってくる政局の裏付けになりえるからだ。

 だが3月14日の会見では、挙手することにした。ひとつはこの日のお昼にライブ配信された「デモクラTV本会議」に筆者が参加し、2月29日の総理会見での出来事をテーマのひとつとして議論したからだ。

 この時の総理会見では、江川紹子氏が質問の機会が与えられなかったことが大きな問題となっていた。総理会見では安倍晋三首相が冒頭に所見を述べた後に記者からの質問を受け付けるが、江川氏は最初から声を出して挙手していた。通例からいって最初に指名されることはないだろうが、江川氏は最後には質問できるだろうと筆者は思っていた。打ち切られたような会見の後、江川氏は会見に参加していた他のフリーランスに「なぜ(感染症対策が)遅れたのか、質問したかった」と悔しそうに話していたのを覚えている。

総理会見にも「報道の自由」の落とし穴

 江川氏が質問できなかったことについて、批判の声を上げていたのはフリーランスだけではない。最も大きな声を上げていたのは内閣記者会に所属するメディアに勤める記者たちだ。「報道の自由」を主張しているが、実際にはそうではない。彼らが所属するメディアは政治部や番記者が確実に質問できる権利を確保している。自分たちの既得権益の拡大が狙いである。

 おそらくは彼らは組織的に動くだろうと思っていた。しかしそれでは、本当に重要な質問は不可能になってしまう。最も重要なことは、国民生活を守ること。そして政府がどのように対策を打つのかという点だ。すでにWHOは1月にPHEIC(国際的な公衆衛生上の緊急事態)を宣言し、3月には「パンデミック相当」との声明を出した。世界がパニックに陥りかねない今、政府は国民の命や健康はもちろん、生活を守らなければならない責務がある。

「3重苦」に喘ぐ日本に必要なことは

「現在はあくまで感染拡大の防止が最優先でありますが、その後には日本経済を再び確かな成長軌道へと戻し、皆さんの活気ある笑顔を取り戻すため、一気呵成にこれまでにない発想で思い切った措置を講じてまいります」

 安倍首相は会見の冒頭でこう述べた。確かに感染拡大阻止は最優先すべき問題だ。が、昨年の消費税増税で痛手を受けた日本経済は、コロナによる経済活動の自粛に加え、大きな株安という「3重苦」に喘いでいる。このままではコロナウイルス感染症以上の「被害者」を出すことにもなりかねない。

 だが政府は懸念を払しょくできるような経済政策を発表していない。国民民主党の玉木雄一郎代表が3月4日の党首会談で思い切った経済対策を安倍首相に伝え、安倍首相はそれを聞き入れた様子だったというが、それが首相の口から表明されなければ意味がないのだ。実際に14日未明(日本時間)にアメリカのトランプ大統領は、感染症対策として最大5兆円余りの財政出動を可能とする国家緊急事態を宣言した。その結果、ニューヨーク・ダウは反発し、1985ドル高で取引を終えている。市場が大統領の真剣さを好感したのだ。なお3月10日にトランプ大統領が議会と検討している経済対策については、具体性がないという点で市場が評価せず、ダウは一時1600ドルも下げていた。

 要するに危機状況では、政治家が具体策を示すことこそ、安心材料になるということだ。ましてや「3重苦」に喘ぐ日本には、かなり思い切った規模の景気浮揚策が必要になる。

 これについて国民民主党の玉木氏は唯一具体的な数字を示し、10兆円の家計減税を含む15兆円の景気浮揚策を打ち出していた。そして昨年10月から12月までのGDPがマイナス6.3%からマイナス7.1%に下方修正されると、家計減税や国民1人あたり10万円給付、売上減少に対する補償など30兆円規模と拡大している。

 しかし野党党首がいくら正論を吐こうとも、実際の政策に反映されにくい。やはり首相の口から思い切った景気対策が語られてこそ、国民が安心を感じることができる。

 そこで総理会見では景気対策の規模について聞いてみたいと思っていた。質問通告はしなかった。通告をしても、問題をうまくかわすような回答しか得られないからだ。そもそも官僚が考えた答弁が面白いはずがない。

 よって、「白いお召し物の方」と指名された時、誰よりも驚いたのは筆者本人だ。事前通告しないフリーランスからはどんな質問が飛んでくるかわからない。それは官邸が嫌がることだと思ったからだ。しかも筆者自身が準備不足だった。ノートには問題点を箇条書きしていたものの、なるべく短く、しかも要点をずばりと質問するにはいささか心もとないものだったからだ。

メモを見ずに安倍首相は答えたこと

 「あの、現在ですね、年度末を迎える中にあって、4300億円のですね、財政措置そして、1.6兆円の金融措置を講じたところであります。そしてさらに先ほど冒頭発言させていただいたようにですね、今の段階においては、感染拡大をですね、阻止をするために全力を尽くしていきたいと、こう思っておりますが、その後においては何とかですね、この経済を安定した成長軌道に戻して、そして国民の皆さまの中に活気が戻り、笑顔が戻るように思い切った大胆なメッセージ性の強い対策をしていかなければならないと考えております。 

そのため、具体的にどういう対策を打っていくかということにおいてはですね、与党とともに練り上げていきたいと考えています。これは国内だけではなくて、世界経済全体が相当、この動揺しているわけでありますから、日本だけではなくて世界各国G7(先進7カ国)、G20とも協力をしながら、この経済の状況に対応していく必要があるんだろうというふうに、こう思ってます。その際はですね、いずれにしましても必要なマクロ経済財政政策を打っていきたいと思ってます」

 こちらが質問通告していないわけだから、安倍首相は自分の言葉で答えるしかない。残念ながら景気対策についての具体的な数字が出てこなかったが、それでも「活気が戻り、笑顔が戻るように思い切った大胆なメッセージ性の強い対策をしていかなければならない」という発言や必要な対策は打つと繰り返している点で、なんとか大規模なものを伝えたいという気持ちが読み取れた。もうひとつ期待を持ったのは、こうした会見が今後回数を重ねていくのではないかということだ。

いまだからこそ、安倍首相は国民に直接語りかけるべきだ

 2月29日の会見では、小中高の休校要請など事実上の非常事態宣言が発表された。3月14日の会見は改正特措法成立を踏まえ、新型コロナウイルス感染症についての国民の恐怖を緩和させる狙いがあったと思われる。まさに国難である時期に、安倍首相が直接国民に語りかけることは非常に重要だ。

 いま政治に求められているのは、国民視点の政策だ。それをどのくらい実現させているのか、安倍首相の口から語ってもらいたい。必要なのは景気回復の結果を出すことであって、メディアもそれを牽引する責務がある。

 今回の会見は前回と比しておよそ2倍の時間が費やされ、質問も多かった。しかしそれが一部の記者のパーフォーマンスの場と堕してしまうなら、多くの善良なる国民が蚊帳の外に置かれてしまう危険性がある。

 そのような事態にならぬよう、しっかりと見届けていきたい。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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