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韓国版「ノーサイドゲーム」の新時代の胸アツ【プロが選ぶ年末年始一気見韓国ドラマ『ストーブリーグ』】

渥美志保映画ライター
(写真:ロイター/アフロ)

年末年始の連休に、人気の韓国ドラマを見てみたいという人も多いはず。今回は1月3日から日テレプラスで連続放送予定の『ストーブリーグ』を、拙著『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』からご紹介します。

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2019年の「百想芸術大賞」(韓国のゴールデングローブ賞)は、ドラマ部門作品賞が大激戦だった。日本で大ヒットを記録した『愛の不時着』『梨泰院クラス』を筆頭に、韓国でその2作品を凌駕する評価を得た『椿の花咲く頃』(大賞を受賞)、さらに欧米で大ヒットした『キングダム』など、ずらりと並ぶ候補作の中で、作品賞を獲得したのがこの『ストーブリーグ』だ。華やかな韓流スターの出演もなくラブラインもない、プロ野球チームの「ストーブリーグ」――つまりシーズンオフの話である。

物語は万年最下位のチーム「ドリームス」のシーズン最後の試合から始まる。相手チームが大量リードする中、監督が勝負をあきらめ、コーチたちはそれに苛立ち、グラウンドでは内野も外野もエラーしまくりで、観客は席を立ち、しまいには試合そっちのけで仲間どうしの乱闘が始まりーーそんなチームの新たなゼネラルマネージャー(GM)に就任したのが、主人公スンス(ナムグン・ミン、『キム課長とソ理事』)である。

スンスはこれまでもさまざまなプロスポーツチームを率い優勝させてきた実績があるのだが、野球の経験はまったくない。フロント連中は「野球のことを何も知らないくせに」とナメてかかるが、着任早々チームで一番人気だが傲慢な4番バッターを放出、交換ドラフトで球界の誰もが尊敬するナンバーワン投手を獲得する。チームの全員がびっくり仰天、同時にザワザワし始める。穏やかだが有無を言わせない口調と、奥のほうで全然笑ってないタレ目で、「今後もチームのためになるなら何でもするし、邪魔になるものは切り捨てます」と宣言したからである。

ドラマが描くのは「チームの立て直し」で、大泉洋が主演した『ノーサイドゲーム』にも似た印象がある。だが同作品は実業団チームで、再建に際して会社員の大泉GMが掲げるのは昭和的な「経営」と「理念(夢)」である。チームメイト、会社、地域は家族のような絆で結ばれ、心をひとつに夢に向かって走ってゆく。改革とともにチームの快進撃が始まり、「俺たちはまだまだ終わっちゃいない」という男泣きとともに、チームとドラマが盛り上がるのだ。

一方『ストーブリーグ』の舞台は、最下位とはいえプロ野球のチームだ。選手たちは野球だけで食っているがゆえに、東京五輪に際して日本の政治家が散々ほざいた「仲間との絆」「スポーツで勇気と感動を」「夢をもう一度見たい!」みたいな美辞麗句では誰も丸め込まれてくれない。さらにオーナー企業も、採算のよくない「夢」に賭けてなどいない。オーナーの甥で球団社長のギョンミン(オ・ジョンセ『椿の花咲く頃』)は、廃部がファンの不買運動につながらないタイミングを図りながら、コストカットにより強化策を妨害してくるのだ。そうしたリアルでシビアな両面作戦を、ギリギリの低空飛行でスンスGMは乗り切っていく。よそ者ゆえの大胆さと、周囲の目をまったく気にせず、感情や私情に流されないスーパードライな変人ぶりで、古い慣習としがらみをぶった切ってゆく様が、なにしろ痛快なのだ。

一番人気でチームを我が物顔で支配する四番バッターを切ってしまうスンス。
一番人気でチームを我が物顔で支配する四番バッターを切ってしまうスンス。

GM就任前にスンスが指摘するドリームスのもっとも深刻な問題が印象的だ。いわく「全員がチームを強くしたいと思っていないこと」。私の頭に思い浮かんだのは、世界的に知られる日本の電気メーカー「東芝」の凋落である。大きな組織において全員が同じ目標を持つのは難しいのだろうが、少なくとも「会社を良くしたい」「会社の業績を上げたい」というように同じ方向さえ向いていれば、ああはならなかったのではないか。あいつのチームに負けるわけに行かないとか、数字の操作で表面的な業績を維持するとか、上の誤りを正せない縦社会とか、硬直した慣習に異を唱えられないとか、……内側の常識やしがらみばかりにとらわれているうちに、本来の目的は完全に忘れ去られ、組織そのものが崩壊寸前なことにも気づかない。「ドリームス」はまさにそういう状況だったのだ。

それゆえに、チーム内に「我がもの顔の権力者」として君臨し、自由な空気を萎縮させる人間ーーあいさつ代わりにマウンティングして縦社会序列を強いてくるような、地位にあぐらをかいて「俺を切れるもんなら切ってみな」てな具合の連中ーーを、スンスは容赦なく、スパッ! と切ってゆく。もちろん彼らは外の世界から、濃ゆい憎しみをたぎらせ、時には暴力をもって粘着な攻撃を仕掛けてくる。組織内部に残った「兄貴のタマはオレが取り返す」みたいな子分の妨害工作もある。だが彼のもとで解放された成長を遂げた部下たちが、スンスの戦いを支えてゆく。そして最終的には、ほとんどの敵が「強いチームを作りたい」という彼の仲間になってゆくのだ。

『恋慕』の主演俳優として日本でも人気のパク・ウンビンはスンスの右腕で、リーグ唯一の女性広報部長
『恋慕』の主演俳優として日本でも人気のパク・ウンビンはスンスの右腕で、リーグ唯一の女性広報部長

さらに本当に驚くべきは、勝負をかけた試合(選手を試す場としての練習試合はある)がひとつも描かれないことだ。ドラマは「勝利の感動と興奮」や「敗北の苦さ」といったスポ根的な精神論で感動させようとは思っていないのだ。チームはあくまで人間としての信頼と敬意でひとつにまとまってゆき、目標の達成はその先に見えてくる。視聴者はそこにこそ感動する。ドラマは決して従来の「スポーツもの」ではない。いや、これこそが21世紀の「スポーツもの」なのかもしれない。

最後に俳優に触れておきたい。主演のナムグン・ミンは派手さはないが、この数年であっという間に視聴率俳優となったスターだ。球団社長を演じるオ・ジョンセは、いまやひっぱりだこのスーパーサブ。『椿の花咲く頃』に続く「まぬけワル」的なキャラクターは、実は父権主義社会の被害者の側面もある。両者とも、主演ヨシ脇ヨシ悪役ヨシ、コメディでもシリアスでもヨシという素晴らしい俳優だ。二人の演技だけでもお釣りが来る名作である。

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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