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全人類の永遠の問い「恋愛は見た目か?中身か?」『寝ても覚めても』

渥美志保映画ライター

今回はちょっと出遅れちまったのですが、東出昌大さんの一人二役で大ヒット公開中の『寝ても覚めても』をご紹介します。この作品、ここ最近の私のイチオシで、主演の東出さん、濱口竜介監督、原作の柴崎友花さんをインタビューで全網羅したのですが、こちらではそれとは違うことを!と思っていたら、記事アップが遅くなっちまいました……という言い訳はおいといて。全人類永遠の問いである「恋愛は見た目か?」みたいな話に切り込みつつ、ふわふわ女子が自分の道を選び取るまでを描いた、とにかく面白い映画なので、是非お読みいただき、ご覧いただきたい!

ということで、まずはこちらを!

まずは物語。大阪に暮らす大学生の朝子は、どこか現実離れした不思議な男、麦(ばく)と出会い運命的な恋に落ちます。この男の何が不思議って、発言から行動からどこかふわふわしていて、例えば「菓子パン買ってくる(菓子パン大好き)」と言ってコンビニまで出かけたら、途中で会ったおじさんとなんか気があっちゃって、その人の家に泊ってしまい翌日まで帰ってこない、みたいなことがちょいちょいある人なんですね。当然周りは心配するんですが、それにたいしても、心配してたことに驚いた、みたいな感じ。そんな調子で、麦はある日突然、朝子の前からいなくなってしまうのです。

そして2年後。東京で新たな人生を生きる朝子の前に、麦とそっくりな顔の男・亮平が現れます。亮平のアプローチに戸惑いながらも、二人はやがて一緒に暮らし始めます。

こちらは亮平。東京で出会った同郷・大阪の人で、朝子をほっとさせてくれる存在……みたいな人は、基本的にちょっと刺激に欠けるんだよな~
こちらは亮平。東京で出会った同郷・大阪の人で、朝子をほっとさせてくれる存在……みたいな人は、基本的にちょっと刺激に欠けるんだよな~

この映画を見て私が即座に思い出したのは、あの伝説の韓流ドラマ『冬のソナタ』です。学生時代に出合った運命的な恋、死ぬほど好きだったその相手が何の理由も告げずに自分の前から消え、数年後に全く同じ顔した別の男が現れる。中身は全然違うんですが、なにしろ顔が同じだからどうも気になる。かといって顔だけで当然のように好きになるのは、なんとなく抵抗があるのは理解できます。「中身より顔だろ」という嗜好性は別に悪いとは思いませんが、もともと好きだった相手への気持ちも否定するような感じがしなくもありません。

この作品の朝子もそんな感じで、亮平と会うと忘れかけていた麦への気持ちが再びかき乱され、結局のところ付き合い始めた亮平の「理想の彼氏」ぶりに、「麦の面影を求めているわけじゃない、私は亮平が好きなんだ」と思いはするものの、亮平に麦のことを告白することができません。どこかで自分の亮平への気持ちに完全な自信を持つことができないんですね。どこか現実離れしたドラマティックな恋愛、そしてその相手だった麦は、朝子に「ここではないどこか」を連想させる存在として、最初に登場するだけなのに朝子の心の一部をずーっと捕え続けて離しません。そしてそれが恐ろしいほど唐突に暴発し、朝子はとんでもないことをしでかすことになります。

こちらは麦。どこから来たのかわからない宇宙人みたいな、ある意味”不思議ちゃん”。ぼさっ、としたズラで演じる東出くん
こちらは麦。どこから来たのかわからない宇宙人みたいな、ある意味”不思議ちゃん”。ぼさっ、としたズラで演じる東出くん

映画の後半で朝子は30歳になるのですが、30歳って「いい年こいていつまでも夢みたいなことを」なーんて言われがちな年齢ですが、その一方でどこかでまだ「自分の人生にもドラマが起こるかも」と信じている年齢でもあります。映画はそうしたヒロインの心の揺れを、恋愛を通じて描いているように思えます。

私が最も印象的に見たのは、誰かが運転する車に乗っているうちに朝子が眠ってしまう、という映画の中で2回ある場面です。それぞれ麦と亮平が運転しているのですが、車は朝子が眠っているうちに目的に近付いているのですが、それはあたかも朝子が自分の人生の運転を他人や状況に任せていることの隠喩であるかのようです。そして、そうした他人任せ、流れ任せの人生を生きてきた朝子は、あることをきっかけにスイッチが入り、自分が本当に求めるものに向かって突っ走り始めます。

その突っ走り方は「暴走」と言っていいほどのもので、ぶっちゃけ周りはたまったもんじゃない、ものすごくはた迷惑なのですが、演じている唐田えりかの瞳があまりにまっすぐで一途なので、「やらない後悔よりやる後悔」という気持ちにさせられてしまいます。ほんと、この作品のキモは、ある意味ヒロインに共感できるかできないかにかかっているので、よくぞこの人を見つけたと思います。

朝子役の唐田えりか。こんな瞳で見つめられたら、何をしてもうっかり許してしまいますね、オバちゃんだって
朝子役の唐田えりか。こんな瞳で見つめられたら、何をしてもうっかり許してしまいますね、オバちゃんだって

さて最後に、この作品の関連作品―ーというわけでは全然ないのですが、私が勝手に関連作品と思っている映画を2本ご紹介しましょう。

1本は公開中のフランソワ・オゾン監督作品『二重螺旋の恋人』。精神科の主治医と結婚した女性が、その夫と瓜二つの別の精神科医(実は音信不通の双子の兄)に出会うというお話。顔は同じで性格は真逆という『寝ても覚めても』と似たシチュエーションなのですが、こちらの女性は同時進行で、片方に足りない部分をもう片方で補うような関係に陥ってゆきます。

もう一本は来週公開のブレイク・ライブリー主演の『かごの中の瞳』。こちらのヒロインは幼い頃に事故で視力を失い、大人になってから角膜の移植で視力を取り戻した女性。彼女には顔を見ずに結婚した夫がいるのですが、それまではすごく幸せな関係だったのに、目が見えるようになって(初めて夫の顔を見て「想像してたのと違う」なんて言ったりして)二人の関係がどんどんおかしくなってゆく、というお話。

ビジュアルは決してすべてではないけれど、人間は視覚から最も多くの情報を得るといいますから、それが感情に影響しないはずはありません。かと思えば「見た目が同じだからこそ、違いがはっきり分かる」みたいなこともあり、何とも不思議なものです。このタイミングで「見た目」のお話が次々作られるのは、「貧乏」より「貧乏くさい」ほうが問題で、「本質」より「どう見えるか」に引っ張られがちな人が多い、SNS時代ならではなのかなーなんて思ったり。永遠の問いの答えを探して、どうぞお楽しみくださいませ!

『寝ても覚めても』

(C)2018「寝ても覚めても」製作委員会/COMME DES CINEMAS

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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