光州事件、地域差別、夜間外出禁止、戒厳令……映画に見る、知られざる韓国現代史『タクシー運転手』

さて今回は韓国で特大のヒットを記録した、私が敬愛してやまない名優ソン・ガンホ主演の『タクシー運転手 約束は海を越えて』をご紹介します!

この映画が描くのは、1980年に韓国の光州広域市で起きた、民主化を求める市民を軍が武力で制圧した「光州事件」。都市を完全に封鎖し国内にすら隠されていたその事件の真実を報道したドイツ人記者と、何も知らずに彼をソウルから光州まで乗せてゆき、事件に巻き込まれたタクシー運転手の実話のドラマを描きます。

日本ではあまり知られていない事件ですし、もちろんぜんぜん知らない人の心にも突き刺さるような素晴らしい映画です。が!その背景を知ると、現在の韓国に脈々とつながるものが見えてきて、ぐっと深みが増すはず。現実とは思えない事件が続発したこの時代は、実は様々な映画の舞台にもなっていますので、その辺も併せて解説したいと思います~。

ということで、まずはこちらを!

まずは物語。主人公はソウルの気のいい個人タクシー運転手、キム・マンソプ。妻を亡くした男やもめは娘とつましい二人暮らしですが、それでもお金はなくていつも家賃は滞納。そんな折、食堂で「大枚はたいて光州まで行きたがっている外国人客」の情報を耳にした彼は、ちゃっかりその客を横取りしようともくろみます。

その外国人客がもう一人の主役、ドイツ人記者のピーター。日本で仲間の記者から「韓国の光州にいる知人と全く連絡が取れない。戒厳令も敷かれ、学生の逮捕者もたくさん出てる」という情報を得て、真相を取材すべくやってきました。依頼したタクシー会社にはそうした事情も含ませておいたのですが、マンソプは「オッケーオッケー、アラッソヨ(わかってる)」とテキトー英語で丸め込み、強引に自分の車に乗せて光州へ向かいます。

ところが。道は途中で軍に封鎖され、そこらへんのおじさんに「裏道は?」と聞いても、「村長から光州には絶対に近づくな!と言われとる」なんて答えが。あっさり諦めようとするも「ノー・光州、ノー・マネー」と言われたマンソプは、今度はテキトーな作り話で検問の軍人を丸め込み、なんとか市内へ。

そしてそこに広がる光景――ゴーストタウンのように人が消えた街路、抗議で集まった人々が手弁当で支え合う姿、おばあちゃんから子供まで次々と運び込まれる病院の惨状、そして逃げ惑う市民に躊躇なく発砲する軍隊――に、愕然とします。

お父ちゃんは一人娘のために金を稼ごうと、何も知らずに光州へ
お父ちゃんは一人娘のために金を稼ごうと、何も知らずに光州へ

さて、なんでそんな「事件」が起こっちゃったのか。

事件の始まりは、前年に起きた「朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件」にさかのぼります。前大統領パク・クネのお父さんですね。元軍人で軍事クーデターにより韓国の第5代大統領になったこの人は、「漢江の奇跡」と呼ばれる朝鮮戦争からの経済復興を成し遂げた人でもありますが、反面、民主化運動の弾圧でも知られています。

その代表的な事件が、日本の阪本順治監督が『KT』で描いた「金大中(キム・デジュン)氏拉致事件」ーーKCIAを使って自身の政敵を抹殺しようとした事件です。キム・デジュンは光州を含む全羅道(チョルラド)という地域の出身で、地元で絶大な支持を得ていた政治家なんですね。

このチョルラドという地域、1000年前の高麗時代にまでさかのぼる「地域差別」を受けてきた地方でもあります。その当時チョルラドには「後百済」という国があったのですが、この国は王権を巡って長男が父王を殺した歴史があった。でもって「後百済」を滅ぼして誕生した高麗の祖・王建は、「後百済の人間は父親を殺すような“裏切り者”だから、以降、重要な地位には付けないこと!風水的にも逆賊の相があるし!」という、ほとんど言いがかりみたいな遺言を残したんですね。

ちなみに現在の韓国の歴代大統領で、チョルラド出身はキム・デジュンのみ。ホント冗談かと思いますが、それ以来の差別が、パク・チョンヒ政権で再燃します(チョルラドをほとんど開発しなかった)。そういう地域で、利益を独占する保守に対する、反骨と平等意識がはぐくまれるのは当然のことかもしれません。

話を「朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件」に戻しましょう。

事件自体はKCIAの幹部の私怨によるもので、その生々しい実態は『ユゴ 大統領有故』という映画に描かれています。この事件をきっかけに「ソウルの春」という民主化の機運が高まりますが、それを潰したのがパク・チョンヒの下で軍司令官だった全斗煥(チョン・ドファン)による軍事クーデターです。1980年5月17日に戒厳令を敷いて政権を掌握したチョン・ドファンは、民主化の象徴であるキム・デジュンを逮捕し、この流れに大きく反発した光州で大規模な民主化デモが起こります。これを制圧すべく、軍はまったく丸腰の市民に銃を向け始めるのです……!

学生役のリュ・ジュニョルも注目の若手俳優。すごく上手いし、絶妙に変な顔(失礼!)がいい
学生役のリュ・ジュニョルも注目の若手俳優。すごく上手いし、絶妙に変な顔(失礼!)がいい

映画で描かれる光景は、言い方は変ですが、本当に「映画」みたい。その時代における現実とはにわかに信じられないもので、本当にためらいなく次々と、なんでもない人たちが銃で撃たれ、警棒でボコボコにされてゆきます。光州出身の韓国人の知人に聞いたところによれば、実際の事件を経験した彼女の両親が映画を見て「ちゃんと事実を描いている」と言ったとか。もうショッキングとしか言いようがありません。韓国の映画、例えば『新 感染 ファイナル・エクスプレス』で、軍が町を封鎖し、そこにいる感染者(感染可能性者も含めて)にためらいなく銃を向ける展開が説得力を持つのは、こうした事件が国民の中に共通認識としてあるからかもしれません。

観客は、何も知らなかった(というか、“アカの不良学生”の暴動を、軍が鎮圧しているだけと思っていた)タクシー運転手とともに、事件の渦中に放り込まれ追体験してゆきます。自分は無関係、巻き込まれたらたまったもんじゃない、そう思っていたマンソプは、しかしやがて問答無用に巻き込まれてゆく。何が起こっても「他人事」と思っている人がいますが、それは想像力と思いやりの欠如、そして自分が当事者になるはずがないという無邪気で無根拠な思い込みでしかありません。

例えばこの事件の余波により締め付けを強化した当局は、全国で学生の逮捕をバンバン行っています。現大統領、文在寅(ムン・ジェイン)もそんなふうに逮捕された一人。その後、司法試験に次席で合格し弁護士になった彼が、釜山の人権弁護士・廬武鉉(ノ・ムヒョン、後の第16代大統領)のもとで、無料弁護を担当したのが「釜林事件」です。単なる読書会に参加した22人の学生が、令状もないまま逮捕、拷問された事件で、こちらもソン・ガンホ主演の『弁護人』という映画になっています。

映画が上手い(事実かどうかは分かりませんが)のは、関わりたくないマンソプを、光州の人が「早く娘のところに帰ってやれ」と送り出し、一度ソウルに帰らせるところです。マンソプは「これで日常に戻れる」と少し安心するのですが、光州での強烈な体験により、彼の目からは、見るものすべてが――食堂で出されたおにぎりさえも、以前とは全く違って見えてしまうんですね。何も知らなかった頃の自分には、もう決して戻れない。見て見ぬふりをすれば、二度と胸を張って生きられない。そんな気持ちになっているのがわかります。

ここで「自分がいなければ事件は埋もれてしまう」といった大きな思想にならないのが、この映画のすごくいいところ。ただのタクシー運転手でしかない自分がやれることは、お客を運ぶことだけ。事件の真相を世界に報じられては困る当局側は、殺してもかまわないというテンションで追ってくる、それをかいくぐるアクション映画のような見せ場も多いのですが、一番の見どころは、やっぱり俳優ソン・ガンホの人間味です。小市民の葛藤の過程に現れては消える、悲しみ、優しさ、愚かさ、恐怖、そしてわずかなプライドのせめぎ合い――こういう役を演じて彼の右に出る者はいません。最後の最後の場面まで、ほんとに素晴らしい。

ソン・ガンホに負けじと素晴らしい個性派ユ・ヘジン(左)。名脇役の宝庫である韓国でもダントツの存在
ソン・ガンホに負けじと素晴らしい個性派ユ・ヘジン(左)。名脇役の宝庫である韓国でもダントツの存在

さて最後に、韓国のこの時代が見える映画を、もう少しご紹介しましょう。

このほかに光州事件を描いた作品としてすごく有名なのは、イ・チャンドン監督の『ペパーミント・キャンディ』という作品。国民を守るつもりで入った軍で、国民を殺すことになってしまった男の転落を描きます。事件は命令に従わざるをえなかった軍人の側も、すごく傷つけているんですね。同監督は、今年のカンヌ映画祭には村上春樹原作の『Burning』(原作名「納屋を焼く」)での出品が決まっています。

Netflixで配信中の『26年』という作品は、事件のその後を描く作品。被害者たちが26年後に、事件を主導した「あの大統領」の暗殺を目論むという、よく企画が通ったな……と思わせる凄みある作品です。ちなみに「あの大統領」のモデル、チョン・ドファンは、現在も存命中です。

ピーターからマンソプへの当初の依頼は「光州まで行き、外出禁止までに戻る」というものなのですが、これは太平洋戦争後の韓国が、地域差こそあれ、40年ほど夜間外出禁止だったため。いまや不夜城と化したソウルからすると信じられません。そんな中で、1986~91年に起きたのが『殺人の追憶』で描かれる、いまだ未解決の「華城連続殺人事件」です。ポン・ジュノ監督は、警察がデモの取り締まりばかりにかまけて、女性たちの犠牲が軽く見られていた、それによって被害者が増えていったことを、暗に描いています。

冒頭でデモの学生に「苦労しないで育ったヤツらは」と語るマンソプは、その会話からサウジアラビアの鉱山で出稼ぎしていたことが分かります。この時代の韓国が外貨獲得のために海外での出稼ぎを促進していたことは、号泣の大ヒット作『国際市場で会いましょう』でも描かれています。

ということで、エラく長くなってしまいましたが、『タクシー運転手 約束は海を越えて』と合わせて、ご興味のある方はご覧くださいませ!

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