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ジャン・ピエール・レオは、「いつもオナラしてる変なおじさん」?『ライオンは今夜死ぬ』

渥美志保映画ライター

『大人は分かってくれない』をはじめとする、フランソワ・トリュフォー監督のいわゆる「アントワーヌ・ドワネル」シリーズでデビューしたジャン・ピエール・レオ、言わずと知れたフランスの大俳優です。今回は彼の主演最新作にして日仏合作映画『ライオンは今夜死ぬ』の、諏訪敦彦監督のインタビューをお送りします。

諏訪さんは東京芸術大学の教授で、フランスを拠点に映画をっている日本人の監督憧れの人だったジャン・ピエール・レオと、天衣無縫な子供たちを組み合わせ、即興演出で撮影したこの作品は、明るく愉快である一方で、子供との付き合い方や創造の楽しさも教えてくれているような。

ということで、まずはこちらを!

映画の中で「死」を演じることに戸惑う老境の俳優ジャンは、撮影の合間に街に出て様々なものごとに―ー昔の友達、愛した人の幽霊、そしてライオン!―ーに遭遇。そして、ひょんなことから映画を作る子供たちの作品に出演することになります。

今回の作品は「ヌーベルバーグの申し子」ともいえるジャン・ピエール・レオ(JPL)さんが主演です。彼は監督にとってどんな存在ですか?

諏訪監督  ご一緒できたのは、自分にとっては奇跡的なことです。大学生の頃に見たヌーベルバーグ作品―ー「お前も映画を作っていい」と語りかけてくるような作品と出会わなければ僕は映画を作らなかったし、その中で何度も見たJPLは、僕にとって非常に特別な存在でしたから。

彼の映画で最も印象に残っているのは、ゴダールの『男性・女性』や『中国女』です。ちょっと破壊的になりつつあるゴダール作品の中で、必死に演じている姿が(笑)。当時、ゴダール映画の現場ルポ『気狂いゴダール』という本を読んだのですが、現場の雰囲気はすごく悪いんです(笑)。ゴダールはずっとカリカリしていてスタッフと全然うまくいかず、JPLはその中で右往左往している感じでしたね。

彼の魅力はどんなところでしょうか。

諏訪監督  ヌーベルバーグ以前、高校時代に見ていたのはアメリカン・ニューシネマで、アクターズ・スタジオ系のダスティン・ホフマンやロバート・デニーロ、アル・パチーノなどが新しい時代の俳優として出てきた頃です。彼らは、例えば『タクシー・ドライバー』のトラヴィス(不眠症のタクシー運転手)のような、「こういう人ってNYにいるよね」みたいなキャラクターをリアルに演じることができるんですね。

これに対してJPLは、「こんな人いないでしょ~」というキャラクターを演じる人。映画の中でリアルを再現しようなんて思ってない。それってゴダールの映画と同じなんです。どういうことかというと、例えば『勝手にしやがれ』のシャンゼリゼかなんかの場面で、道行く人がカメラに振り返ったりしてる。普通の映画ではそういうことは起こらない、隠すわけですが、ゴダールは「僕らは映画を撮ってるんで」という事実を隠しません。でもそれによって、現実と映画が地続きであると感じられるんです。

俳優としてのJPLもそういう人ですね。まるで踊っているような演技をする、特別な人です。

すでに78歳と聞きましたが、この作品でもすごく可愛らしい印象でした。

諏訪監督  そうですね、まあ、可愛いですよね。というか、子供みたいなんですよ。とにかく普通の大人じゃありません(笑)。

70歳を過ぎても、なんかかわいいおじいちゃんジャン・ピエール・レオ
70歳を過ぎても、なんかかわいいおじいちゃんジャン・ピエール・レオ

今回の映画では一般の子供たちを起用し、彼らが映画内映画を作っていますね。

諏訪監督  この映画の企画を考えていた頃、6歳から12歳くらいまでの子供たちの映画教室を何度かやる機会がありました。子供って必ずしも自由奔放で発想が豊かというわけではないのですが、大人が口を出さずに見ていると、子供の中でいろんなことが起こっているのがわかるんです。

例えばワークショップでは、「監督が決める」という現場での意思決定のシステムをあえて教えなかった。当然話し合いはぐちゃぐちゃになります。でもそういう中で、「僕は本当は刑事がやりたかったのに」って泣きだす子がいたりすると、「じゃあ刑事にしちゃおうぜ」って、映画に唐突に刑事が出てきたり(笑)。映画がそういう風に発展していくんです。

最近は映画に詳しい子もいて、最初からカット割りしてるグループもある。でもそれぞれのグループのその日の撮影分をみんなで見ると、何もわからず手持ちカメラでバーッと撮ったグループの映像の方が面白いんですね。そうするとカット割りしてたチームもすぐ変わって、「演技の白熱が途切れるからカット割ったらダメだ」とか、何も教えてないのに言い始める。彼らと一緒に映画を発見していくかのような、非常に面白い体験でしたね。

子供たちに映画に出てもらったのは、僕の映画の中で彼らに自分たちの映画を作ってもらおうと考えたから。それによってもう一度自分が生まれ変わるようなプロセスを見たかったんだと思います。

演技も即興的なものだったと伺っています。

諏訪監督  映画教室では、「物語を考える」と「撮影する」のプロセスをあえて分けず、即興的に作ってもらいました。今回の作品でも子供たちはお話作りから参加して、自分がどういう役で何をすべきかを理解しながら、自分で演技を作っています。

この作品を見て美しいなと感じるのは、監督に「こうしなさい」と言われるままに演じている人が映っていないから。僕の中には、すべてをみんなで話し合って決めるという、民主的な映画の作り方を模索したいという気持ちもあります。日本の現場だと、ベテランのスタッフの方に「話し合いなんて意味がない。船頭多くして舟山に登るっていうんだよ」とか言われたりしてしまうんですが、映画作りの豊かさはみんなが力を合わせてこそ生まれるものじゃないかと、僕は思うんですよね。

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JPLと子供たちの関係はどうでしたか?

諏訪監督  子供たちとは休みごとに3回くらいワークショップをやりました。その最後の回で『大人は分かってくれない』を見せ、その後に「映画に出てた人だよ」とJPLに登場してもらいました。JPLは頑張って南仏まで来てくれたんですが、髪はとかさずグチャグチャだし、ジャケット着てるんだけどお腹からシャツが出てる。正直な話、子供たちは「なんだろ、この人?」と思ってたと思います。

撮影期間中、子供たちは「ライオンは今夜死ぬ」の替え歌で誰彼構わずおちょくっていたんですが、JPLも「いつもオナラしてる変なおじさん」みたいな感じで(笑)。撮影も即興でしたから、遠慮なしでひどいこと言う。「さすがにこれは」と編集で外したところもあります。JPLは「ジジイじゃない」とか言い返してはいましたけど。

でも子供たちと演じることで、JPLが変わったところはあると思います。あれほどのベテラン俳優だし即興なんて朝飯前かというと、彼はそういう人じゃない。何週間も前から、どうしたらいい?何を話せばいい?と考えてるし、常に緊張し不安で、シーンが終わるたびに肩で息をするくらい。ですから終盤で自身が出た映画について語る場面の、リラックスした感じには驚きました。スタッフも「あんなJPLはみたことがない」って。あのあともハワード・ホークスの話、「『ハタリ!』という映画があって……」と、子供たち相手に延々とやってました。編集で切りましたけど(笑)。

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冒頭で「死」を演じることに迷うJPLが、ラストに自分の現場に戻り「死」を演じる、その表情が強く印象に残ります。

諏訪監督  あの場面は、いろいろ撮影したんです何か違う、しっくりこなくて。それで最後に「好きなように」とやってもらったら、JPLがどうみても「死」に見えない、いかにも「死んだ!」という感じのすごい勢いの演技をしたんですよ。唖然としちゃったんですが、「好きなように」と言った手前、「もう一回」とも言えず(笑)。あの表情の強さを生かして、そこで映画を閉じることにしました。

この映画は「死」を描いているのですが、「やっぱり生きるって素晴らしいよね」というテーマにしたいということは話していましたね。JPLは最近お坊さんにハマってアジアに来ると必ずお坊さんに会っているんですね。「死」を巡る話が嫌いじゃないんです。でも彼が暗い話にはしたくないと思うのは、精神的にそっちに引っ張られてしまう可能性が常にあるから。病院に入っていたこともありますし、悪い方へ落ちてしまうと這い上がるのが大変なんだと思います。

自分の作品としてもこれまでにない明るい作品になったのは、JPLと一緒にやったのが大きかった。つらい時期を経験するから、人間は生きる喜びを実感できる。今は世界的に見ても厳しくつらい状況だし、そういう部分もあるのかもしれません。

この映画が観客に対してどういうものであってほしいですか?

諏訪監督  最近上映前には必ず、「子供のように見てほしい、子供の悪ふざけみたいなものと思ってほしい」と言っています。映画を見ると、多くの人が「なぜこうなるのか?」「これには何の意味が?」など理解して安心したがるものですが、子供はただ面白がるだけですよね。そういう目的も意味もない時間の豊かさを、映画を通じて味わってほしい。

ロシアの文芸評論家ミハイル・バフチンが「ドストエフスキーの小説の形式はカーニバルだ」と言っています。カーニバルとは、演じるものと統御するもの、観客と舞台の区別がなく、いつどこで誰によって始まるかわからず、ヒエラルキーが破壊され、普段は禁じられていることが許され、普段はいるはずのない者たちが存在する。映画もそういうものであってほしいなと。ですからこの映画は幽霊もライオンも登場するし、JPLのことを「クソジジイ」と呼んでもいいんです(笑)。

日本とフランス両方で映画制作していらっしゃいますが、どんな違いがありますか?

諏訪監督  基本的には変わらないと思いますが、一番の違いはスタッフの余裕です。

フランスでは、撮影時間は1日8時間、土日は休み、5日以上連続撮影は不可、これが決まりです。時間が押せば翌日の開始時間を遅らせる。そして小さなことですが、お昼休みの1時間はみんな仕事をせず、みんなでランチを食べる。そういうことを大事にするのは豊かなことですよね。

児童保護もすごくしっかりしていて、子供たちの現場の高速は1日4時間まで、学校がある期間は3時間まで。違反すれば撮影中止。子供のギャラは本人の口座にしか振り込まず、その口座も18歳になるまで誰も触れません。現場的には大変ですが、それはまあ大したことじゃないというか。

フランスでは映画演劇に関わる人間として登録されていると、1年間に一定以上の仕事をすれば、残りの期間の社会保障で生活費がもらえる。スタッフ、例えば助監督が「編集の勉強もしたい」と申請して通れば、その期間の生活費と学費を補助してくれる。だからひとつ現場が終われば、次は何しようかなと考える余裕がある。自分たちの「生活」がある。日本だと「生活」を犠牲にしなきゃならないですよね。

フランスは恵まれすぎかもしれませんが、日本はあまりにひどすぎる。それでも若い人が頑張って、面白い映画が作っている。すごいとは思いますが、構造的には搾取ですよね。そういう情熱だけに甘えていていいのかなとも思います。

『ライオンは今夜死ぬ』

(C)2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BALTHAZAR-BITTERS END

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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