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人間って本当にダメダメで、気付いた時にはいつだって手遅れ――だけれども。

渥美志保映画ライター

今回は西川美和監督の最新作『永い言い訳』をご紹介します。デビュー作『蛇イチゴ』以来、発表する作品がいちいち面白い西川監督ですが、今回の作品がこれまでと少し違うのは、ちょっと優しくなっているというか、大きくなっている感じかな~。とまあ勝手なことを言いつつ、こちらをどうぞ。

まずは物語。妻・夏子を急な事故で失ったタレント作家の衣笠幸夫は、妻と一緒に死んだ親友の残された夫・大宮陽一と出会います。陽一には小学6年生の真平と、幼稚園の灯という二人の子供がいるのですが、長距離トラックの運転手をしていて週に二日は家に帰ってくることができません。すべてが妻任せだった陽一に代わり、母親の不在を一手に引き受けいるしっかり者の真平を不憫に思った幸夫は、陽一の不在時の子守を買って出ることに。大宮家との関係はやがて幸夫の喜びとなり、彼の中で何かが変わってゆきます。

大宮陽一のあまりの悲嘆ぶりに、慄き腰が引ける幸夫くん
大宮陽一のあまりの悲嘆ぶりに、慄き腰が引ける幸夫くん

たくさんの見どころがある映画ですが、何がいいってモックン演じる幸夫と子供たちの関係がすごーくいい。モッくんは以前に何度か取材させていただいたことがあるのですが、子供を相手にした時の軽妙さとかお茶目さとか、素に近いんじゃないかなーと思ったりしました。特に「あーちゃん」こと灯ちゃんとのコンビネーションが抜群で、「暴発あーちゃんを宥めるモックン」「生意気あーちゃんに叱られるモックン」「姫なあーちゃんと下僕のモックン」「気まぐれあーちゃんにキョドるモックン」とか、もういちいち面白い。あーちゃんもモックンも可愛いすぎです。

あーちゃんと幸夫くん
あーちゃんと幸夫くん

一方、「しんちゃん」こと真平くんとの絡みには、とことん泣かされます。天衣無縫な父親と自由奔放な妹に挟まれたしんちゃんは、真面目で責任感が強い頑張り屋。彼がもう少し大人だったら「できないんだからしょうがない」と思えるけれど、しんちゃんは子供ならではの純粋さと、いろんなことに気が回る頭のよさゆえに、ひとりで世界を背負っているかのように思い詰めているんですね。悲しい時は他人目を気にせず声をあげて泣くことのできる陽一は、つい気持ちを押し殺してしまうしんちゃんのそうした在り方を理解できませんが、幸夫とはどこかで通じ合い、互いに心を開いてゆきます。

泣いたこと、お父さんには言わないで。
泣いたこと、お父さんには言わないで。

実は映画の頭から30分くらいまでの幸夫は本当にイヤなヤツ、100人中100人が「最低男」というに違いない人なのですが、これが大宮家との触れ合いによって少しずつ変わってゆきます。その過程は、私には大宮家を通じて自分の感情を確認してゆく過程のように見えました。

彼らと出会う前の幸夫は、言ってみればタレント作家「津村啓(筆名)」を演じているだけ。酒のある場では楽しくもないのにはしゃぎ、先生と呼ばれれば傲慢に先生を演じ、妻との関係は完全におろそかにして、ならば愛人に本気かといえばそんなことは全然なく、気になるのは世間が自分をどう見ているかだけで、常にエゴサーチしまくり。編集者に「ここ数年の先生の作品に何の情熱も意欲も感じない」と罵られるのは、彼が自分の作品への思いさえも失っている証拠です。

そこに現れたのが、母親を失った感情に翻弄される大宮家です。特に軋轢する「悲しみ続ける陽一」と「前を向こうと頑張るしんちゃん」を、小説家らしい(他人のことなら)冷静な視点で見つめ、それぞれを時に勇気づけ時にたしなめているうちに、幸夫は「もっともらしいこと言って自分は、悲しめもしないし前を向くこともできていない」と、自分の中にうずもれていた感情に目を向け始めるんですね。

そうした感情を消化してゆく過程が、これまた「ケツの穴の小さい男だなあ」って感じなのですが、もはや観客は幸夫を全然憎めなくなっています。人間って本当にダメダメで、気づいた時はいつだって手遅れ。でも後悔して手を伸ばせば、気づいたなりの何かはきっとつかめる。この最後のところがない『蛇イチゴ』とか『ゆれる』みたいな作品もいいけど、この映画がたどり着く優しさもすごくいいなーと思うし、西川監督の成熟を感じさせます。

竹原ピストル。『海炭市叙景』もすごかったけれども。
竹原ピストル。『海炭市叙景』もすごかったけれども。

さて最後に、陽一演じる竹原ピストルに触れねばなりません。みんなすごい俳優たちの中で、誰が一番って陽一役の竹原ピストルです。陽一のキャラクターは、もしこの脚本を文字で読んだとしたら「こんなヤツいるか?」と思うような――自分の無学を恥じず、心優しく真っ正直で、涙もろくて単純で、粗にして野だが卑ではない的な、(おそらく幸夫と対象をなすという意味合いで作った)絵にかいたような前時代的キャラクターなのですが、この役に説得力がないと映画自体が台無しになってしまいます。そこを竹原ピストルの存在感が、完全な血肉のある人物としてねじ伏せているんですね。もうほんと素晴らしいキャスティング。

そうそう、もういいかげん聞き飽きてるかもしれませんが、影のフィクサーのように幸夫を導く編集者役の、池松壮亮もすごくいいです。夏子役の深津絵里もいいし……てかみんないいんですよ、ほんと。ぜひ皆さんにもご覧いただきたい作品です。

『永い言い訳』公開中

(C)2016「永い言い訳」製作委員会

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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