Yahoo!ニュース

長い監禁から脱出した少女は、いま何を思っているのか。

渥美志保映画ライター

さて今回は、今月の「絶対面白い映画」の中から、映画『ルーム』をご紹介します。

この映画、公開は来週なのですが、急きょ今週ご紹介しようと思ったのは、2年間の監禁状態から自力で脱出した少女に対して、心無い声が聞こえてきたからです。

実際の監禁事件から材を取った『ルーム』は、17歳で拉致され7年間監禁された少女の物語。特にその後半部分は、監禁から脱出した少女がいまどんな状況にあり、どんな気持ちで、どんなことに心を痛めているのか、その一端をうかがい知ることができるかもしれないなと思います。それではいってみましょう。

映画は、監禁から脱出するまでを描く前半と、脱出したその後を描く後半の、大きく二つに分けられます。17歳で拉致されてから7年間、小さな部屋「ルーム」に監禁されているジョイ。5年前に産まれた息子ジャックは彼女の唯一の心の支えです。息子ジャックが5歳になったある日、彼女を監禁している男「オールド・ニック」とのあるいさかいをきっかけに、ジャックの身を案じたジョイは、勇気を振り絞って「ルーム」からの脱出を計画。でも決死の作戦の末に出た外の世界は、必ずしも居心地のいい場所ではありませんでした。好奇の目と周囲の無理解に苛まれ、ジョイは精神のバランスを崩してゆきます。

画像

さてこのタイミングでこの映画について書く時に、2年間の監禁から自力で脱出した少女について思わずにはいられません。この映画のより悲しく、より困難で、だからこそより感動的な部分は、ジョイが「ルーム」を脱出した後の部分にあるからです。群がるマスコミはゲスの勘繰りをし、周囲が「可哀想な被害者」として扱う裏側には「汚されてしまった存在」といったニュアンスも透けて見えます。

何が忌々しいって、何の関係もない、被害者自身のことも、周辺の様々な事情も何も知らない人たちが、「なんでこうしなかったのか」「お前の選択は正しかったのか」と被害者を糾弾することです。それも自らは完全な安全地帯に身を置いて、結果論で。彼女が最悪の状況の中で生き伸びられたこと、そして自力で“脱出”できたこと(この言葉にもジョイはこだわります。マスコミは「救出」と言いますが、ジョイとジャックを助け出してくれた人なんていなかったのですから)が、彼女の選択が間違っていなかったことの何よりの証拠だと、なぜ思えないんでしょうか。そしてその説明を被害者に求める社会って、なんて想像力と思いやりに欠けた社会なんでしょうか。

天窓だけしかない「ルーム」
天窓だけしかない「ルーム」

映画は監禁生活がどんなものかも描いています。二人が暮らすのは重い扉で締め切られた小さな部屋。広さはせいぜい8畳くらいでしょうか。ちいさなベッドとちいさなバスタブ、おままごとみたいなキッチンと冷蔵庫、小さなテレビがあり、窓は明かりとりの嵌め殺しの天窓だけ。その中で、朝ご飯を作って一緒に食べ、運動不足にならないよう体を動かして、ジャックの誕生日を祝い、手元にあるものを工夫しておもちゃで遊び、夜は一緒に眠ります。ジョイはそうした普通の毎日を送ることで最後の正気を保ち、自分を拉致した男「オールド・ニック」から守り続けます。「オールド・ニック」が尋ねてくる夜、ジョイはジャックをクローゼットの中に入れて絶対に出ることを許しません。そうやって守られたジャックが、後半では精神のバランスを崩したジョイを支えることになります。

画像

衝撃的なの映画ですが、観客を救っているのはやはりジャック役のジェイコブ・トレンブレイくんの存在でしょう。誰もが愛さずにはいられない彼を物語の中心に描くことで、映画はキラキラとしたものさえ感じられる作品になっています。「ルーム」で産まれたジャックは、外に「世界」があることさえ知りません。その彼が初めて目にする外の世界のきらめき、抜けるような空の青さ、繁る緑からさす木洩れ日。決死の脱出の場面なのに、ジャック、ダメだよ、ぼーっとしてちゃ~!と思いがらも、その美しくブレる映像に、子供の瑞々しい感動に、ジェイコブ君の演技に、すごく感動してしまいます。素晴らしいシーンです。この映画はある意味ではジャックの成長の物語でもあるんですね。

監禁事件のことだけでなく、例えば望まない妊娠でそれでも産むことを選んだ女性、生まれた子供たちへの差別、なんて問題も感じさせる作品です、が!そうした難しいことは考えずとも、母と息子の愛情だけで、本当に胸がいっぱいになる作品です。女性はもちろんですが、「母」から生まれた全ての人に見て、感動してもらいたい作品です~。

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

渥美志保の最近の記事