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「不条理尾行物体」が教える、大人になることへの恐怖、行き場のない青春の痛々しさ

渥美志保映画ライター

さて今回は「今月のおすすめ」でもご紹介した、今週公開の作品『イット・フォローズ』をご紹介します。実のところ今日はオスカーがらみの名作『ブリッジ・オブ・スパイ』の公開日でもあるんですが、それをあえて後回しにしての『イット・フォローズ』。攻めていきますです、はい。まあオススメではホラーとセックス、みたいなことしか書きませんでしたが、この映画はその先にもうひとつ、二番底が用意されています。長いのも読んでほしいので、小出しにしていくという新戦法の私です。騙されたと思って読んでごらんなさいよ、面白いから!

さてまずは物語。ヒロインのジェイは高校生。青い目で金髪の彼女は“町のかわい子ちゃん”で、彼女が家の庭でプールに入ってたりすると近所のガキどもが覗いたりしてる、本人もそれを楽しんでるようなところがあります。目下の関心事は、今の彼氏ヒューとの関係。最近どこか挙動不審だし悩んでる感じなのよねー、たぶん私とセックスしたいんだと思うー、なーんて感じのまさに女子校生。でもってついにその日が来ます。こんな感じですね、はい、どん。

楽しいのはこの一瞬だけですから
楽しいのはこの一瞬だけですから

ところが。車の後部座席で余韻を楽しみながらポヤーンとしてたら、ヒューが豹変。口をふさがれ気絶したジェイは、気づくと下着姿のまま車いすに縛りつけられて四方の壁が抜けた廃ビルにいます。周囲の様子を探りながら怯え切ったヒューが言ったのは「セックスで君に“それ”を感染させた。“それ”が追いかけてくる。本当だと知ってほしくて」。なになになにーーっ!と大恐慌のジェイに見せたのは、彼方からのろのろ近づいてくる下着姿のラテン系のオバさん。は?と思ってるとヒューは大慌てでジェイの乗った車いすを押しながら車へ戻り、“それ”の補足説明を始めます。

“それ”は感染したものにしか見えない。現れるたびに違う姿で、君に危害を加える。“それ”は絶対にあきらめない。君が殺されれば、また僕のところに戻って来る。だから逃げ切ってくれ。必ず歩きだから車で逃げろ。でもって助かりたいなら早いとこ別の男とセックスして感染させろ

ここから、どこにいても追いかけてくる“それ”に脅かされる、ジェイの恐怖の毎日が始まります。

来る来る来る来る来た来たわあああああああ!なジェイ
来る来る来る来る来た来たわあああああああ!なジェイ

この映画の何が面白いって、とにかく理屈を超えた“それ”の存在です。出現の理由も解決策もさっぱりわからない「不条理尾行物体」ですが、毎回変わるビジュアルも意味不明すぎ。身体傾かせてよろよろ歩く病院抜け出してきたジジイとか、片パイ出てる下着姿の腹の出たオバさんとか、屋根の上で仁王立ちする全裸のオッサンとか、まあとにかくいろんなバージョンで、「わあああああああ!」って声上げたくなっちゃうような、悪い冗談はやめてくれ!っつう感じの不気味さです。

もちろん楽になるには誰かとセックスすればいい、相手は感染しちゃうわけですから罪悪感がありますよね。そんな状況に他人を――ましてや自分の好きな人は巻き込めません。だったら嫌いなヤツと!なーんて思いますが、男子は知りませんけど、女子的にはこれも気が進みません。ジェイは「やりたいやれないやるのが怖いあああああどうすりゃいいのーーー!」みたいな状態で、頭の中はセックスで一杯ですが、実のところ周りの男子は「素」でみーんなそうなんですね。こんなテンパった状況の中でも隙あらば女の子のお尻とかおっぱいばっかり盗み見てるし、迫ってくる「不条理尾行ジジババ」たちが見えてませんから、これジェイとヤるチャンスじゃね?くらいにしか思ってない。“それ”の不条理設定が、アホみたいに真剣でアホみたいに軽薄な、ティーンエイジャーのセックスにまつわるリアルを際立たせていくわけです。この映画はただのホラーじゃなく「青春モノ」なんですね。ホラー版『アメリカン・パイ』なんですよ。いやー、面白い。

「俺に感染しちゃえよ」な男子と「冗談は顔だけに」な女子(想像)
「俺に感染しちゃえよ」な男子と「冗談は顔だけに」な女子(想像)

この作品の舞台がめちゃめちゃうらぶれた町、デトロイトだっていうのも結構ポイントです。デトロイトいうたらアメリカの荒廃した都市の代名詞です。『ロボコップ』ですよ。マイケル・ムーアの『ロジャー&ミー』もデトロイト近郊の町だし、この作品のセリフにも出てくる「都市と郊外の境界線、ここから先は行くなって言われてる」8マイル通りは、エミネムの『8Mile』ですよ。映画見ててもそうですが、もうボロッボロの廃墟だらけです。そんな中で、そろそろ高校卒業を迎える高校生たちは、これまで何も考えずに能天気に過ごしていた生活に別れを告げなければいけません。でも周囲は廃墟だらけで失業率も貧困率も最悪。ヒューと初めてセックスした後のジェイが、ふと「大人になったらどこへ行けばいいんだろう」と漏らす場面がありますが、何の希望も夢も持てない街で青春を終えようとしている彼らは、この先、どこにも行けず、暗く不安な町の閉塞感の中で生きていかなければいけません。どこまで行っても追いかけてくる“それ”が教えるのは、「もうどこにも逃げ場はないんだ」という現実です。それを悟ることの悲しみ、諦め、倦怠は、まさに青春の終わりに他なりません――てか、今の時代、みんなが感じている悲しさかも。

エンタメであり不条理であり哲学であり、ほんとに拾い物の作品です。ホラーとしても面白い、特に『ゾンビ』ファンとか大好きだろうと思いますが、血ドバー!みたいな描写はほとんどないので、ホラーが苦手な人も大丈夫。むしろサスペンス的な要素がゾクゾクするほど面白いので、ホラー作品と決めつけて見逃がすのはもったいない。年始からこんな作品が見られるなんて、今年はいい年になりそうです~。

『イット・フォローズ』

1月8日公開

(c)2014 It Will Follow. Inc.

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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