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「完璧王子様」不在の時代に、大人のお姫様が求めるもの。

渥美志保映画ライター

『アナと雪の女王』がロングランヒットしてますねー。すでに『ハリポタ』越え、もしや『タイタニック』越えとかもあったりするのか、興味深いところです。もちろんいい映画ですが、私の周囲で「アナ雪見てえ~!」とか荒ぶってる男子を見たことないし、観客の多くはおそらく女子。でもディズニーの既存のお客様=“お姫様を夢見る女子”だけではここまでヒットしません。そう、『アナ雪』は、「ディズニーとかキレイごと過ぎだし、王子様なんていないっつうの!」的な女子たちをも虜にし号泣させているわけです。なんで、なんでなの、『アナ雪』!ってことで今回は「“王子待ち”もずいぶん長いしそろそろ疲れたね」的な私が、その秘密に迫ってみるっすよ!

まずは『アナ雪』に感じられる「王子様(=理想の男子像)」の変化から話していきましょう。おとぎ話の「王子様」は、もれなくお城に住んでます。呪いで獣やらカエルやらにされて今は沼地とかにいたりしても、最終的に「あそこは俺の帰る場所!」と自信満々で言える城はあったりします。城がない、もしくは城に戻る可能性や正当性がゼロだと、「王族の子孫」とか「時代が時代なら王子」程度、最悪「バカも休み休み言え!」とあっさり切り捨てられるに違いなく、「王子様」とは呼ばれません。おとぎ話の王子が「王子様(=理想の男性像)」である理由は実のところ「お城」に象徴される経済力。それはおとぎ話が生まれた時代――代表的なアンデルセンが17世紀――には女子の経済的自立がありえなかったせいだと思うんです。

さてめっちゃ階級社会だった当時のヨーロッパで、庶民の人生における苦しみってなんでしょう。不作続きで明日のパンがないとか、病気だけど薬が買えないとか、おそらく大半が、お金さえあれば解決できるものです。だからこそ経済力のある王子様からの「真実の愛」は、あらゆることを一発で解決できる必殺技たりえるわけです。その証拠っちゃあナンですが、古典的王道のディズニー作品、「白雪姫」「シンデレラ」の王子様には、王子様であること以外のキャラはほぼナシ。じゃあお姫様はどうかと言えば、何らかの理由でお姫様らしからぬ貧乏生活を強いられてます。ビンボー姫にとって「王子様=理想の男子=経済力」であればOKなんですね。

さて『アナ雪』はどうか。その手の「王子様」は登場しません。アナが戴冠式で一目惚れするイケメン王子ハンスは体裁としては王子ですが、13人兄弟の12男という「王子様」としては絶望的な状況で、自分の城を得る最後の望みをエルサかアナとの結婚に賭けています。アナと行動を共にするクリストフは気のいい山男ですが、城どころか相棒のトナカイと自分が食べるためのニンジンを買う余裕すらありません

その一方でヒロイン姉妹は、地位もあり貧乏生活も強いられてません。そしてめちゃめちゃパワフルです。消えた姉を追ってひとり雪山へ向かったアナは、怪物に自らケンカを売り、崖に宙吊りになれば自らロープを切り、腕力が必要な場面でもクリストフにぜんぜん頼りません。エルサは言うまでもなく、誰も太刀打ちできない魔法の力を持っています。彼女たちは現代女性にすごく似てるんですね。もちろんアナのように運命の出会いに憧れる気持ちはあるんですけど、「王子様=理想の男性=経済力」の図式はほとんど意識していません。自立した女性にとっての「王子様=理想の男性=***」の***の部分はなんでしょう。それはかの有名な「Let it go」の歌詞に感じられる、彼女たちの幸せのあり方に関係してくるわけです。

戴冠式で自分の力をうっかり周囲に見せてしまったエルサは、背中に「化け物!」という罵声を浴びながら、祖国を飛び出します。それはエルサ自身が、自分に浴びせ続けてきた言葉だったのかもしれません。幼い頃、自分の魔法でアナを命の危険にさらしてしまったことをきっかけに、両親は城の門を閉ざして世間からエルサを隠し、エルサは自分を肯定できなくなってしまっているんです。「Let it go」はその呪縛からエルサが解き放たれる歌。中でも聞くたびに号泣しちゃうのは、英語版の“(本当の自分を)知られないよう、いい娘を演じなければならなかった”という部分です。個性や多様性に対して狭量な社会に生きる人は、誰もが自分を「異物」と扱いかねない周囲の目に脅えています。韓流アイドルを追って一緒に全国ツアーしている、朝から晩まで無数の霊が見える、若い男より70過ぎの爺さんにグッと来る・・・・・・なーんていう自分を無邪気に社会に晒し、「それがありのままの私!」と明るく宣言できる人はそう多くはありません。底なしの孤独と引き換えにしてでも、自分を肯定して生きてゆきたい。お金や地位には無関係のエルサの求める幸せは、グッサグッサと胸に刺さります~。

なーんつって泣いてるうちに、アナも大ピンチに陥っています。探しに来たアナにキレたエルサの魔法が、幼い日のようにアナに直撃しちゃったわけです。でも『アナ雪』の世界にはないんですね、通常のおとぎ話で機能する「王子様」の「真実の愛(with経済力)」が。たーいーへーん!どうすんの、どうすんだよウォルト・ディズニー!と、とっちらかったところで、何人かはふと気づくかもしれません。アナもエルサも金あるし、(with経済力)じゃなくていいんじゃね?って。

それならばってことで、登場人物の中でアナとエルサ、それぞれを心の底から愛してるのは誰か?リアルな話、1~2日前に会ったばかりの男が「俺の愛は真実の愛だ!」とか言うたら、ぷっ!とかなりません?私だったら腹抱えて笑っちゃうかもしれません。つうかキミ、私のことなんも知らんし!ディズニー映画かっつーの!って言いたくなりますね。ディズニー映画だけども!結局のところアナを本当に愛してるのは、エルサだし、エルサを本当に愛してるのはアナなんです。

んじゃ、金はないけど「王子様的役割」を果たしてくれる男子――ここではアナに対するクリストフですが――何をしてくれてるのか。アナのやりたいことを自由にやらせてくれ、金銭面以外で全面的でサポートしてくれるわけです。「王子様=理想の男性=経済力」の時代は、もう終わっちゃったんですね。まあある意味、これはそーとー悲しいこととも言えますね・・・ははは。

余談ですが『アナと雪の女王』のオチが受け入れられる土壌を作ったのは、『セックス&ザ・シティ』じゃないかなと思います。男なんていらない、なんてことは決して言わないけど、精神的な部分も含めて女子の欲しいものは増えていて、全部をカバーしてくれる「完璧王子様」はもはやいないんです。そこをフォローしてくれるのが、女子仲間。彼より長い付き合いで、彼より弱みを知っていて、ダメさも黒さもかわいさも気まぐれも「そういう時もある」と理屈抜きに理解でき、楽しい時には一緒に笑い転げ、悲しい時はお酒を飲みながら号泣してくれる、女ともだち。『アナ雪』の大ヒットには、大人女子のそんな感覚があるのかなと思います。

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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