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打算で始まった関係が、ふいにすべてを飛び越える瞬間。

渥美志保映画ライター

先週末はなんだかとんでもない豪雪だしオリンピックだしで、映画を見に町に出る人もなかなかいなかったかもしれませんが、アカデミー賞をはさんで2月〜5月は賞レースに絡む粒揃いの洋画が次々と公開されるシーズン。みんな、そろそろ映画に帰ってきて! というのも今週末は、主演男優賞最有力(てか獲ります!)のマシュー・マコノヒーことマコちゃん主演の『ダラス・バイヤーズ・クラブ』が公開されるんですねー。今回はこちらの作品をご紹介します。このところマコちゃんとレオの記事ばっかり書いてる気がしますけれど、まあそこは人間だもの。てか作品が面白いんだもの。

さてまずは物語。舞台は1980年代のテキサス。インチキな商売でその日暮らしロンは、ある日、エイズで余命30日であると宣告されます。生き延びるためにあらゆる情報を収集した彼は、治験中の薬AZTの横流しルートを開拓。そのルートが閉ざされると、次は代替薬を求めてメキシコに行きます。そこで出会ったアメリカ人医師から聞いたのは、AZTに強い毒性があるというオドロキの事実。ロンの症状がどんどん悪化したのは、それが理由だったんですねー。

日本にも薬害エイズの事件がありましたけど、アメリカにはこの手の話がものすごーく多い気がします。つまりは業界ぐるみで癒着して金儲け、的な。偏見ですけど。それも効かない薬を売るどころか明らかな毒を売るって、マジで冗談かと思います。消費者をナメてんのかよ、頭いいヤツらは!きー!

と、私のような脊髄反射的単細胞はこうなっちゃうわけですが、イカサマ野郎のロンは違うんですねー。自分の身体の調子がよくなるとすぐ、「これ、売れば儲かるんじゃね?」って考え始めるわけです。

でも海外の薬を大量に買い国内で許可なく売るのは、もちろん違法。そこで考えたのが「ダラス・バイヤーズ・クラブ」です。会費を払って会員になれば、薬はタダで手に入る、つまり「売ってるのは会員権で、薬じゃないんで」っていうエクスキューズの脱法組織です。

もちろん権力側も黙っちゃいない、嫌がらせや妨害行為を次々と繰り出してくるわけですが、そこは百戦錬磨。あの手この手の抜け道で、権力側の裏をかいていきます。金も学もバックもない個人が、巨大な権力にケンカを売って互角に渡り合う、その痛快さは『エリン・ブロコビッチ』なんかに似た感じがあります。

この映画が魅力的なのは、ロンが全然「善人」じゃないところ。この人はとにかく自分が生き伸びるために足掻きまくり、あわよくばそれで儲けたろ!と思ってる、言ってみれば煩悩のカタマリなんですね。だから会費が払えない人なんかは「慈善事業じゃねえんだよ」って感じで、追っ払ったりもするわけです。権力と戦う理由も「エイズ患者を代表して」とか「義憤に駆られて」なんてもんじゃなく、単に「自分」を殺しかねないヤツらに頭にきてるわけです。ロンは良くも悪くもテキサス人。保守的だからゲイのことは実は大キライなんだけど、中央政府とかインテリ連中を屁とも思わない。そして自分しか信じない西部の男は、他の患者との連帯や協力なんて発想は皆無、「俺ひとりがなんで頑張らなきゃいけないんだよ」なんてことも思いません。

面白いのは、手狭になった事務所を変えようと、ある不動産物件を見に行く場面です。

ロンは家賃を安く買い叩こうといろいろケチをつけるんですが、家主であるゲイ・カップルに「タダで使って」といわれて、ポカーンとしちゃう。ひとりで生きてきたロンは、自分がひとりであることにすら気づいてなかったんですが、稼いだ金をがんがんブッ込んでひとり権力と戦っているうちに、エイズ患者のヒーローになっていたんですね。これを機にロンのゲイへの見方も変わっていく。打算で始まった関係が、ふいにすべてを飛び越える瞬間、その人の価値観が変わっていく瞬間が胸熱です~。個人的にも超好み!

作品の冒頭とラストにロデオのシーンがあるのもすごく象徴的です。

彼が金を賭けているのは「ラフ・ストック」という競技で、8秒間という決まった秒数だけ暴れ牛に振り落とされないよう耐えるもの。映画は、エイズと言う暴れ牛に乗った男が、知らされた命の期限まで必死になって「生」にしがみついた物語です。彼が最初の余命宣告なんて信じずに戦い続けたことは、その後の全てのエイズ患者の運命を左右したといっても過言ではありません。

20キロ減量したマコちゃんの、鬼気迫る演技!!もちろんすごい!マコちゃんのパートナーのゲイ、レイヨン役を演じたジャレット・レトの演技!こちらも激ヤセですごい!でも映画の感動はそこじゃなく、権力に立ち向かうロンの痛快な戦いっぷり。こんなネタなのに、見終わった後に「やったね!」と拍手を送りたくなる清清しさが残ります。是非是非、見て欲しい作品です~。

2月22日(土)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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