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ロード日本代表監督 浅田顕インタビュー「ラヴニール出場で、日本強化の『流れ』を作りたい」

宮本あさか自転車ロードレースジャーナリスト
photo: jeep.vidon

アンダー23日本代表の6人が、2018年8月末、ツール・ド・ラヴニールに参戦した。自転車ロードレース日本代表監督・浅田顕にとっては、「23歳以下のツール・ド・フランス」とも呼ばれるハイレベルな戦いへの、3年連続の挑戦だった。

UCIネイションズカップの最終戦に位置付けられる同大会には、「大会60日前のネイションズカップランキング上位15位以内+招待枠」という出場規定がある。昨季のアンダー23日本代表は13位に食い込み、ラヴニールに正々堂々と乗り込んだ。ところが2018シーズンは21位。流れを断ってはならないと考えた浅田が、開催委員会に直接交渉することで、再び招待枠を得た。

また昨2017年大会をラヴニール経験者3人・アンダー4年目5人というベストメンバーで戦った一方で、2018年大会はラヴニール経験者2人・アンダー4年目がわずか1人。なにより1年目1人・2年目2人という、極めて若いチームだった。

結果は決して甘くはなかった。ステージ成績は上位15位止まりで、逃げなどの見せ場は一切作れなかった。総合エースを託された石上優大は鎖骨骨折でリタイアし、完走は3名。「達成できた目標はない」と、浅田も厳しく大会を振り返る。

ただ「今回の状況を受けて、選手たちはどう向き合ってくれるのかな……っていう期待があります」と浅田は将来に目を向ける。ラヴニールとは、フランス語でまさに、「将来」や「未来」を意味する。

ー3度目のツール・ド・ラヴニールも、日本のアンダー23代表にとっては難しい試練となりました。

予想通りでした。今年はそもそも日本メンバーの層が薄かったので、もしも出場権が取れなかったら行くのはやめようかな……とも思っていたんです。でも、このレースでなにより重要なのは、選手の成長の推移を見ること。世界のレベルとの差を正確に測ることなんです。一昨年から出ている石上優大、去年も出場した山本大喜の成長具合を知るためにも、またアンダー1年目ながら実力がある松田祥位に経験を積ませるためにも、招待してもらえるのであれば出ようと決めました。なんとか残り枠をもらって出場した感じですね。

ただ、残念ながら、今回のラヴニールに出場したメンバーは、必ずしも「ベスト」メンバーではなかった。本来ならば他にも起用を考えていた選手がいたんですが、大学生たちはインカレがあるんですよね。参加を辞退されてしまいました。もちろん可能な選択肢の中から、ベストなメンバーを選んではいます。

photo: jeep.vidon
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ーベストメンバーではない中で、どのような成績目標を掲げて乗り込んだのですか?

今回は2つ目標がありました。1つは石上優大のトップ30位。去年の雨澤毅明と比較すると、まだまだ力は足りません。ただ、この何カ月かは、フランスのレースですごくいい走りができていた。だからトップ30位以内を目安に、総合上位入りを目指しました。2つ目は各ステージですね。山本を中心に、上位が狙えるステージがあれば、そこで入賞を狙っていくこと。その2つを目標にしてきました。でも、終わってみれば、惜しい走りさえありませんでした。達成できたものは1つもありません。

ー純粋に実力不足でしょうか。目標が高過ぎたということはないですか?

ステージの成績に関しては、読めないところもあります。それに他の欧州のレース、例えば春先のネイションズカップでは結構いい逃げに乗ったりとか、割とそういう「匂い」のする走りも幾つかあったんです。つまり良いコンディションで乗り込み、チャンさえ巡ってくれば、逃げに滑り込むことはできたはずです。実際に逃げ切りのステージもあったわけですから。ただ今回は、惜しかったこともなければ、かすりもしなかった。捕まる・捕まらないは別として、長い逃げに乗れなかった。評価には値しないですね。

ーこの3回の出場で、監督としては、「やっぱりラヴニールに出てよかったな」って思える収穫はありましたか?

今回に限っては、ありません。強いて言えば、来年、再来年もまだアンダーで走る選手がいますので、今回の状況を受けてどう向き合ってくれるかな……っていう期待はあります。僕は未来に向けた「流れ」を作りたいんです。現在のアンダー23のナショナルチームは、ラヴニールをシーズンの頂点に置いて活動しています。だから強い選手たちはみなこの場所を目指して1年間頑張っていく、という流れを作りたい。高校球児にとっての甲子園、そんな位置付けにしたい。そうすることで全体レベルの底上げができるんじゃないかなと思ってます。

いまだに今年も、日本のアンダーの全員が全員、ここを目指してくれていたわけではありません。強化指定選手というのは、ナショナルチームの活動を最優先するという約束をしているはずなんですけど、そうもいかないという状況は全く変わっていません。

ー外野の人間の中には、ラヴニールは果たしてなにかの役に立ってるんだろうか……って考える人もいると思うんです。そういう人たちに対して、このレースの大切さ、このレースにアンダー日本代表が出る重要さを、どう説明したらいいですか?

今は、日本が強くなっていくための「流れ」や、世界で日本人が活躍するためのプロセスを作る必要があるんです。その流れとは、簡単に言ってしまえば、「体力のある選手を、レベルの高い環境で走らせ、成績を残す」ことだと思うんですね。またアンダー23の頂点のレースはラヴニールであり、すべての国がラヴニールを目指している、という事実があります。だから、今後も日本代表が、このレースに出場し続けられるような流れを作っていく。こういったレールのようなものを敷いておくことは、すごく大切だと考えています。もちろん今の日本は、まだうまく流れに乗れていないし、たとえ流れに乗れたとしても、行き着くところまで行き着けていない状況なんですけどね。

じゃあ他のレースではだめなのか。もちろん他のレースでもいいんです。ただ、いわゆるワールドスタンダードとして一番分かりやすいのが、ラヴニールなんです。だからこそラヴニールの出場権はずっと維持していきたい。ただ、ネイションズカップポイントが取れてないのに、果たして出場する必要があるのか。これは考えなければならない点です。やはり予選を通過した者だけに出場する資格があるのだ、と今回はつくづく痛感しています。

photo: jeep.vidon
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ー流れを作る以外に、代表監督としてこれ以上なにをしなくてはならないでしょうか?

選手たちへの意識付けですね。本来であれば、各選手の所属チームが選手たちを育て、その中で一番強い者たちが集結するのが代表チームであるべきなんです。ところが日本の場合は、「強化指定選手に入って外国に行きたい」と思ってる選手がたくさんいる。強化指定や日本代表チームというのは、外国に行くための手段ではありません。強い選手を招集して、世界で戦うためのものなんです。もちろんアンダー23代表では、育成も目的の1つではあります。ただ、すべての関係者がそれのみに頼りきりで、勘違いはなはだしい。それでもレールと器は絶対に必要ですから、代表に選手を受け入れる側としては、それを悟りつつ活動を続けていくしかないですね。

ー「海外のレースに出たいから、日本代表に呼んでもらえるように頑張りたい」という考え方は、間違いだということですね?

間違いです。海外に行きたいのであれば、自分で行ってください。日本代表というのは、日本で一番強いチームを構成するための手段です。代表に少しでもいい状態で合流できるよう、選手本人なり、もしくは所属チームなりで努力することこそが大切です。もしもそれができないのであれば、年間計画に沿ってラヴニールを頂点に持ってくるという代表活動に、100%賛同して頂きたい。

ー来年以降も、やはりツール・ド・ラヴニールを頂点として、アンダー23の遠征計画を立てていくのでしょうか?新しい計画、新しいやり方を取り入れるお考えはありますか?

レース活動にもう少し幅を持たせようと考えています。これまではラヴニール1本に絞ってやってきました。ただ来季以降は、もう少し色々なUCIのアンダー23レースにトライしていくつもりです。ラヴニールでの一発勝負による評価ではなく、たとえばラヴニールはだめだったけれど、ベビージロは良かった、ヴァッレ・デ・アオスタは上手く走れた、という形に持っていきたいですよね。

ーたとえ本来あるべき形ではないにしても、こうして日本がアンダー23の遠征を組み、外国のレースを走るというのは大きいと思います。ただ遠征が多く組めるアンダー23のうちに自分で土台を作って、外国に行ってしまわないと、その先も高いレベルで走り続けるというのは難しいですね。

難しいですね。アンダーが終わったら、あとは自力でどうにかするしかないですから。でも、なにがなんでも欧州のレースを走りたいんだったら、欧州にチームなんかいっぱいあるんですよ。ワールドチームやプロコンチネンタルチームじゃなくてもいいはずです。だって優秀なコンチネンタルチームはたくさんありますから。

そもそも今回たくさんのナショナルチームが来ていますし、代表監督たちもみんな偉そうな顔してますけど、好成績を出しているのは代表監督のおかげなんかじゃないんです。代表監督というのは、ただ優秀な選手を呼び寄せているだけ。どの国もチームやクラブが育成に力を入れていますからね。選手たちもまずは所属チームで頑張って、その上で、母国の国旗を背負って走っているんです。

やはりナショナルチームでやれることには限界があります。僕がナショナルチームの監督を引き受ける際に、なにを一番やりたかったのかと言えば、ナショナル「プロ」チームの創設でした。日本の強い選手を集結させたプロチームを作り、外国のチーム相手に戦っていく……ということをやりたかった。ただそれはできなかった。ならば僕が代表監督を務めている意味はあまりないんですけどね。

photo: jeep.vidon
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ー日本にも外国に遠征に出かけるチームや、育成を謳うチームは存在します。

アンダーでも、エリートでもいいんですけど、「強くなれるための」コンチネンタルチームを1つ作らなきゃだめでしょうね。強くなれる……というのは、選手のモチベーションを殺さずに、欧州のレースを年間通して走り続けられる、という意味です。つまり欧州に目標を置いて活動していくチームを作らないといけません。今のところ、日本のチームは、全部単発じゃないですか。ヨーロッパに来て、1、2戦だけ走って、帰っちゃう。あんなことやっても無駄ですよ。

でもプライベートスポンサーのついているプロチームでは、やはり限界があるんです。だってプロの世界は厳しいですから。「頑張っているから」という理由だけで選手を雇い続けることはできません。これだけお金を使っても走れないんだったら、同じお金を使って、もっと強い選手を入れたい。そう願うのが当然のことであり、仕方のないことなんです。するとプロチーム内での育成プロジェクトが、上手く成り立つわけがないんですよね。育成とは、そんなに単純に結果や成績がでるものではありませんから。

プロチームはあくまでプロチームであり、育成チームはあくまで育成チームなんです。そして今の日本には、「選手をどう成長させていくのか」ということだけを軸に据える育成チームが必要です。長期的な視野で選手の強化を行えるチームですね。

ー代表監督を辞めて、またチーム監督をやりたいな、と思ったりはしますか?

チーム監督はいつだってやりたいと思ってます。でも、代表監督も、やはりすごく重要な任務です。いや、監督じゃなくても、別にいいんです。日本のロードレース界全体の強化がうまくコントロールできるのであれば、レース現場で指揮を取る監督役は誰でもいいと思います。やはり仕組みや流れを作ることが、今はすごく大事なんですよね。

ーでも日本の代表監督って、すごく大変な仕事じゃないですか?なかなか結果も伴わないでしょうし……。

僕は弱いことに対して、ものすごく「恥ずかしく」思っています。昔からそうです。日本チームで初めて欧州のレースを走った時も、やはり感じました。ああ、弱いというのは、こんなに恥ずかしいことなのか……って。それを克服するためには、まずは身の丈に合ったレベルで走る。ただし同じところに留まらずに、ひとつでも上に行けるよう、少しずつステップを上げていくことが大切です。

まあ、ただ、結果を出そう思ったら、そんなものは簡単なんですよ。まるで結果が出ているかのように見せるためには、欧州に行かず、アジアで頑張ればいいんです。ツール・ド・台湾やアジア選手権に狙いを絞り、優秀なエリートの選手を集めて、表向きを見繕ってやっていけば、ずーっといい感じで行けるでしょうね。今はアジアにもレースがたくさんありますから、ポイントも取れますし。もちろん、そのこと自体に、価値がないわけではありません。アジアの中で「日本最強」のイメージを植えつけられますし、連盟に対しても、世界選は駄目だけどアジアじゃイケるでしょ、と言えます。それはそれでいいと思うんです。

だけど、それは、僕の役割ではない。自分の役割は、別府や新城につながる選手を、2人を超える選手を、この活動の中で出していくこと。日本から、海外で通用する選手を、1人でも多く育てること。さもないと、いつまでたっても、同じところに留まっているだけですから。

(2018年8月25日、フランス・ヴァルディゼールにてインタビュー)

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自転車ロードレースジャーナリスト

フランス・パリを拠点に、サイクルロードレース(自転車競技)を中心とした取材活動を行っている。「CICLISSIMO」「サイクルスポーツ」誌(八重洲出版)、サイクルスポーツ.jp、J SPORTSサイクルロードレースWeb等々にレースレポートやインタビュー記事を寄稿。

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