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『逃げるは恥だが役に立つ』。日本、決勝トーナメント進出へ

安藤隆人サッカージャーナリスト、作家
日本0−1ポーランド。終了後、数分後のコロンビア勝利で、日本のGL突破が決定。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

西野監督は勝負師というより、大博打を仕掛けた大胆な男だった―。

1勝1分けの勝ち点4で迎えたグループリーグ最終戦のポーランド戦。すでにグループリーグ敗退が決まっているポーランドを相手に、引き分け以上で決勝トーナメント進出が決まる日本は、これまでの2試合から実に6人のスタメンを入れ替えて臨んだ。

西野朗監督は気温が高く、非常に激しい消耗が予想されるボルゴグラードでの試合を考えて、これまでハードワークを繰り返していた乾貴士、香川真司、原口元気の中盤のキーマンを休ませる決断をし、CB槙野智章、右サイドハーフに入った酒井高徳、FW武藤嘉紀がW杯デビューとなるピッチに立った。

攻撃陣を総入れ替えする形となった日本は、連携面でズレが生まれ、上手く攻撃を構築することが出来なかった。特にボランチに入った山口螢と左MF宇佐美貴史、右MF酒井高の連携が悪く、中盤にポーランドが自由にプレー出来るスペースを生み出してしまうなど、劣勢を強いられた。

そして59分に不用意なファールから与えたFKを、ゴール前でDFヤン・ベドナレクに合わされ、先制点を献上してしまった。この時、裏カードのコロンビアVSセネガルは0−0。このまま行けば、日本のグループリーグ敗退が決まってしまう状況だった。

攻めないと日本のW杯がここで終わってしまう―。

しかし、そこから15分後に裏カードの試合が動く。試合前の時点で勝ち点3の3位だったコロンビアが先制。

これにより日本は0−1で負けても、裏カードのスコアがこのままならば、セネガルと勝ち点、得失点、総得点、直接対決の成績で並ぶが、イエローカードの差で2位突破が決まる状態になった。

ここで西野監督は驚くべき手に打って出た。これ以上失点をせず、かつイエローカードをもらわないために、リスクを冒さずにボール回しに終始する決断を下した。その日本の動きに、ポーランドも同調してくれたことで、ピッチ上はただ日本の選手達がボールを回すだけの光景が描かれた。

試合をこのまま終わらせ、コロンビアが1−0以上で勝ちきってくれることを信じるー。

他力本願の大きなリスクを背負った決断。

激しいブーイングの中、日本は自陣で無難なボール回しに終始。これは『このままでいい』という状況下ではよく見られる光景であるが、異様だったのはこれが『このまま終わっても、突破が確定にならない状況下』で行われていたことにあった。

結果、日本はそのまま0−1の敗戦で試合をクローズさせ、試合終了からしばらくは裏カードの様子を待った。そして、数分後にコロンビアが1点を守り抜いてセネガルを下した結果を受けて、日本のグループリーグ2位突破を決めた。

目標であるグループリーグ突破を手にした。本来なら大喜びで終わるべきだが、そうではない異様な雰囲気が漂った。

試合後のインタビューの映像を見ても、選手達の表情には複雑な感情が浮かんでいた。

ピッチにいた選手、ベンチで見ていた選手、西野監督を始めスタッフもいろんな想いが入り乱れていたのは間違いない。だが、1度決めたことを最後までやりきる。そういう意味では、日本は団結力を見せたことは間違いない。

ただ、釈然とはしない。日本のボール回しが始まってから、ネットを見ても賛否両論が入り乱れている。

『これぞ勝負』、『ベスト16に進めたんだからいいじゃないか』。これは正論。

『あり得ない。これは完全なる他力本願。失敗していたら大変なことになっていた』、『自分達の攻撃力のなさを実証してしまった』。これも正論。

だからこそ、誰もがもやもやした気持ちになっているのは間違いない。それくらいポーランド戦で日本が選択した戦い方は珍しく、見ている誰もが驚いたものだった。

Twitterなどを見て興味深かったのが、『ドーハの悲劇は残り時間を守りに徹することが出来なくて同点ゴールを許し、W杯出場権を逃した。しかし、今回は徹したことで、決勝トーナメント進出を手にすることが出来た』という意見だ。表現方法は違うも、この意見は意外と多かった。

だが、今回のこれとドーハの悲劇は比べる対象ではないと考える。

ドーハの悲劇は『このままのスコアで終われば(勝ちきれば)確実に突破』だったにも関わらず、そこで勝ちきることに徹することが出来なかった。

一方で今回は『このままのスコアで終わっても(0-1で負けても)、突破は確定要素ではなかった』。

この2つは大きく異なる。何度も言うが、それほど今回の試合展開は異様なものだった。

評価は非常に難しい。突破したことですべてOKという意見も合っているし、こんな戦いをしていいのかという意見も理解出来る。どれも間違いではないからこそ、もやもやした気持ちに繋がる。

西野監督は稀代の勝負師なのか。ただ、冷静に見ると、西野監督の決断は勝負を懸けたというより、とんでもなく大きな博打を打ったと言えよう。

結果、西野監督は世紀の大博打に勝った。それ以上でもそれ以下でもなかった。

とはいえ、日本はさらにW杯を戦える権利を手にした。グループリーグとは違って、どの国も力をセーブせず全力でぶつかってくる舞台に立てることは、大きなプラスであり、誇らしいことであることは間違いない。

だからこそ、ここは気持ちを切り替えて、次なる相手の強豪・ベルギーに挑む日本代表を心から応援したい。すべてが終わってから、日本サッカー界の将来に向けて、皆で検証をしないといけない。

しかし、心の中で多少のもやもや感は残ってしまう。

『逃げるは恥だが役に立つ』―。

今、筆者の頭の中には昨年大ヒットを遂げた人気ドラマのテーマソングがエンドレスで流れている。

サッカージャーナリスト、作家

1978年2月9日生。岐阜県出身。大学卒業後5年半務めた銀行を辞め、単身上京しフリーサッカージャーナリストに。ユース年代を中心に日本全国、世界40カ国を取材。2013年5月〜1年間週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!SHOOT JUMP!』連載。Number Webで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。全国で月1回ペースで講演会を行う。著作は10作。19年に白血病から復活したJリーガー早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』を出版。2021年3月にはサッカー日本代表のストライカー鈴木武蔵の差別とアイデンディティの葛藤を描いた『ムサシと武蔵』を出版。

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