コロナ禍で「ライブハウスとバンドを助けたい」大阪の“聖地”に響くピンク・フロイド

ビルボードライブ大阪でピンク・フロイド「ザ・ウォール」のTシャツ(筆者撮影)

 話は大阪上本町の飲食街ハイハイタウン地下1階のスタンドパブKo’zで始まった。ロック好きの偏屈親父が経営する店には夜ごとロック好き酒好きの男女が集う。そんな常連の一人、みんなにセンセと呼ばれている男性が私に声をかけてきた。

「今度ビルボードを貸し切ってピンク・フロイドのコピーバンドを呼ぶんですけど、来ませんか?」

大阪の音楽の“聖地”(筆者撮影)
大阪の音楽の“聖地”(筆者撮影)

 ビルボードとはビルボードライブ大阪。大阪を代表するライブハウスの一つで、大阪の音楽の“聖地”と呼んでも過言ではない。そんなお店を一晩まるまる借り切って、ピンク・フロイドのコピーバンドとして知られる「原始神母」の演奏に浸るという贅沢なイベントだ。このバンド名はもちろんピンク・フロイドの名曲「原子心母」へのトリビュートで、今年はこの曲の発表から50周年にあたる。だからこれは周年イベントなのだが、それにしても個人でよくそんな思い切ったことするなあ。聞いてみるとワケがあった。

ピンク・フロイドのコピーバンド「原始神母」(筆者撮影)
ピンク・フロイドのコピーバンド「原始神母」(筆者撮影)

 センセはもともとある大規模なパーティの幹事として、ビルボードライブ大阪を会場として借りる契約をした。その出し物として「原始神母」に演奏してもらう契約をした。このお店はこんな風にパーティ会場としてライブ演奏を楽しむという利用の仕方もできるのだ。いかにもプログレ(プログレッシブ・ロック)ファンのセンセらしいチョイスだ。

 ところがコロナの影響で、肝心のパーティの開催自体が見送られてしまった。普通は会場もバンドもキャンセルするところだ。だがセンセは違った。

「だってライブハウスもバンドも今、大変なんですよ。コロナでお客さんが来ない。仕事がない。僕はライブハウスとバンドを助けたいんです。キャンセルなんてできませんよ!」

 こうしてセンセの全額自己負担によるイベント決行が決まった。私はインテリのイメージがあるプログレより、ロック馬鹿一筋(のように見える)ストーンズクラッシュの方が好きなのだが、これは「超大好き」と「かなり好き」の違いにすぎない。行かずばなるまい。

ビルボードライブ大阪は西梅田にある(筆者撮影)
ビルボードライブ大阪は西梅田にある(筆者撮影)

 ビルボードライブ大阪、11月6日金曜午後6時。入り口ではハイハイタウンの別の店の女将が受け付けを担当していた。会場でも、ハイハイタウンで見かける常連さんたちがあちこちにいる。いわゆる「身内」を中心に声をかけたのだろう。70人は集まっている。

 開催にあたり、感染症の専門医の意見に基づき充分なコロナ対策を取ったという。入り口で検温と手の消毒。名前と連絡先の記載。飲食時以外はマスク着用。そして演奏中は着席。互いに適度な距離を保つ。言ってみればどこでもしている当たり前のことだけだ。でも、これで充分で「開催自体まで自粛することはない」というお墨付きを得たという。

ライブが始まった(筆者撮影)
ライブが始まった(筆者撮影)

 オープニング・アクトに続き「原始神母」の登場だ。会場は一気に盛り上がるが、誰もステージ前に駆け寄ったりはしない。「着席」を守っている。着席しながら声を上げ、手を振り、こぶしを上げ、拍手を送る。みんなそれぞれに楽しんでいる。でも一番盛り上がっているのはセンセだ。客席最後列の高い位置から声援を送り、こぶしを突き上げている。楽しくて仕方ないのだろう。

筆者撮影
筆者撮影

 このイベントはフリードリンクで飲み放題だ。各自がカウンターに受け取りに行く。センセは人には「相澤さん、ライブ中は飲みすぎたらアカンよ」と言っていたくせに、実際には自分が「アカン、飲みすぎた。ベロベロや」となっている。でも構わない。だってこれはロックショー。それに実際にはそれほど酔っていない。そう言っているだけだ。

私の横にセンセがいる(筆者自撮り)
私の横にセンセがいる(筆者自撮り)

 ステージも最終盤にさしかかってきた。バンドメンバーが突然ステージから語り出した。

「このイベントを実現してくれたセンセに感謝します。本来ならキャンセルされても仕方なかったのに実現してくれました。センセ、ありがとう!

 会場のみんながセンセの方を振り返って盛大な拍手を送った。センセは、照れくさそうにしながらも、喜んでいた。

筆者撮影
筆者撮影

 最後の曲は「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」。ピンク・フロイドの代表曲の1つ、全米全英でNo.1に輝いた。私が高校生の時だ。歌詞がいい。

We don’t need no education.(教育なんていらない)

 We don’t need no thought control.(思想統制もいらない)」

 この部分で、会場のみんなが唱和する。そう、僕らは自由にモノを考え発言したい。そして教育は、子どもを育む教育ならいいけど、子どもを損なう教育なんていらない。しかし現実には子どもを損なう教育があちらこちらにあり、子どもも親も傷つけている。歌詞のこの部分は、実際に子どもたちが歌っている。

グッズの販売もバンドにとって大事(筆者撮影)
グッズの販売もバンドにとって大事(筆者撮影)

 大盛況のうちにイベントが終わった。バンドにとってはイベント後のグッズの売り上げも大事だ。お客さんたちに熱心に売り込みをかけるセンセ。その背中に背負ったリュックに、お客さんたちが帰り際に現金を入れていく。これは投げ銭だ。入場料金を取っていないから、みんなこうして投げ銭でセンセの心意気に応えているのだ。中をのぞくと、1万円札が結構入っている。これはみんなの心意気だ。センセ、よかったね。

 ライブハウスとロックバンドよ、永遠なれ。LONG LIVE ROCK!

【執筆・相澤冬樹】

最後列でバンドを見守るセンセ(筆者撮影)
最後列でバンドを見守るセンセ(筆者撮影)