AIスキルと「自信」を身につけて、どう変わった? 2人の女性に実感を聞く
日本マイクロソフトが展開する女性向けのAI人材育成支援プログラム「Code; Without Barriers in Japan」。その第1期が10月に終了した。参加した2人の女性に実感を聞くと、そこで得られたのはAIスキルだけではなく、生き方そのものが変わるきっかけにもなったという。 【もっと写真を見る】
日本マイクロソフトが2024年5年にスタートした、女性向けのAI人材育成支援プログラム「Code; Without Barriers in Japan」(以下、CWBJ)。その第1期が10月に終了した。およそ7000人の女性が参加し、うち2500人がプログラムを修了して、習得スキルを証明するデジタルバッジを取得したという。 花香さおりさん、戸田和子さんの2人は、それぞれに異なるキャリアと目標を持ってCWBJに参加した。その2人が異口同音に語るのは、キャリア形成のためにAIスキルを身につけることのメリットだけでなく、同プログラムへの参加が「生き方そのものを変える」きっかけになったという実感だ。 参加者の80%以上が「初めてAIに触れる人」、女性の新たなキャリア形成を支援 マイクロソフトがアジア太平洋地域(APAC)で展開するCode; Without Barriersは、多くの女性にAIスキル習得の機会を提供することで、AI人材として活躍できるよう支援するプログラムだ。さまざまな立場の女性をエンパワーメントすると同時に、IT業界におけるジェンダーギャップを解消する狙いもある。 APAC各国で2021年9月から順次スタートしており、これまで9カ国(シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピン、中国、韓国、スリランカ、バングラデシュ)で、およそ3000人のAI人材を育成してきた。 日本では2024年5月からスタート。NTT-ME、トレノケートホールディングス、パソナ、リンクトイン・ジャパンの支援を受けるとともに、テクノロジー業界のジェンダーギャップ解消やD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)促進に取り組むWomen In Tech Japanとの連携も図っている。 CWBJへの参加は無料だ。受講できるコースとしては大きく2つ、ビジネスユーザー向けの「AIを使う」と、開発者向けの「AIを創る」がある。「Microsoft Learn」や「LinkedInラーニング」を通じてAIやCopilot関連のeラーニングコンテンツを自習できるだけでなく、技術トレーニングや講習形式トレーニング、ハッカソン、パートナー企業とマイクロソフトによるメンタリング機会の提供といった幅広いオンライン/オフラインイベントも開催する。加えて、参加者どうしの交流を図るLinkedInコミュニティ、Women In Tech Japanとの共催による参加者同士のミートアップイベントなども用意し、多くの女性が共に学べる環境が提供されている。 日本マイクロソフトでCWBJを担当する河村明子氏は、「CWBJ参加者の80%以上が『初めてAIに触れた人』。事務部門やバックオフィスで働いている女性が、新たなスキルを習得して新たな仕事に就いたり、AI人材として活躍するために必要な機会を提供している」と語る。 マイクロソフトが実施した調査によると、企業のリーダー層の66%は「AIスキルを持たない人材は採用しない」と考えている。さらに71%が「経験が豊富な人材よりも、経験は浅いがAIスキルがある人材を採用したい」と回答したという。 河村氏は「AI人材の不足は社会課題となっている。その人材育成を支援することで、働き手不足の解消も図ることができる」と、CWBJが持つもうひとつの意義も強調する。 フルタイム勤務、子育て、家事……忙しい毎日のなかで学習時間をやりくり 今回インタビューに応じてくれた2人のCWBJ参加者は、それぞれ異なるキャリアと目標を持っている。 第1期中にプログラムを修了し、デジタルバッジを取得した花香さおりさんは、SEやプログラマーとしての職務経験を持つ。一時、体調を崩して仕事を辞め、現在は派遣社員として一般事務の仕事に就いている。 再びSEやプログラマーの仕事に挑戦したいとは思っていた花香さんだが、自分のスキルや置かれた環境などを考えると、飛び込む自信がなかなか出なかったという。「女性であることや年齢の問題、事務以外の仕事には就きにくい派遣社員の状況――。自分の価値を高めて、どこでも仕事ができるようになりたいと考えていたところ、新聞記事でCWBJのことを知り、参加を決めました」(花香さん)。 女性向けのプログラムであること、無料であることも、心理的なハードルを引き下げたという。また、かつてIT業界で働いていただけにマイクロソフトの名前はよく知っており、その会社が実施するプログラムであることも安心感につながった。 5月から10月までのプログラム期間中には、eラーニングによる自習に加えて、リアルタイムでのオンライン受講機会が4回あり、フルタイムで勤務している花香さんには時間調整が難しいところもあった。そこでは家族からの支援を得て、学習時間を確保したという。 「仕事の時間調整だけでなく、子どもの行事があったり、家族が熱を出したりと、思いどおりに学習が進まない時期もありました」(花香さん) さらに「第1期の期間中に修了する」という目標を掲げたことも、仕事や家事に忙しいなかで時間調整に苦労した理由のひとつだった。花香さんは、6カ月間を振り返りつつ「ちょっと無理をしすぎたかな」と笑う。 実は、CWBJは第1期の期間中に学び終えなくとも、第2期以降に続けて受講することができる。つまり、自分のペースでスキルを身につけることができる仕組みだ。それに加えて、第1期ではリアルタイムで実施していたオンライン講座を、第2期からはオンデマンドで受講できるようにして、忙しい女性がより受講しやすい環境を整える。 “女子会のような”コミュニティも気持ちの支えに 途中でくじけそうになったこともあった花香さんだが、講師から「やめるとか、あきらめると言ってはだめ。わからないことがあれば、聞いてくれれば何でも答えます」と励まされ、教わる側と教える側の一体感を感じて、学びを続けることができたという。 また、講義のなかでわからない言葉が出てきた際には、Copilotを立ち上げて「○○を専門用語を使わずに解説して」と問いかけ、理解を深める“裏技”も使っていた。 CWBJで学びを深めた花香さんは、AzureのAI資格である「Microsoft Certified: Azure AI Fundamentals(AI-900)」を取得。「今後の活動に向けて自信がついた」と語る。 学びやトレーニングの機会提供に加えて、花香さんが感じたCWBJのもうひとつのメリットが「コミュニティの存在」だ。「まるで“女子会”のような盛り上がり。楽しく情報交換ができ、自分の考え方を広げるという点でもプラスになりました」(花香さん)。 花香さんは、ITスキルは「どこででも仕事ができるようになるために必要なもの」だと考えており、無料のCWBJに“お試し感覚”で参加してみてはどうかと呼びかける。 「CWBJであれば、ITスキルがなくても参加して大丈夫です。もしかしたら、参加して初めて『自分がITに合っている(相性が良い)』ことに気づくかもしれない。それはやってみないとわかりませんよね。だから、まずは参加してほしい。最初は気軽な気持ちで参加するのがいいと思います」(花香さん) 起業準備の一環としてCWBJに参加、「みんなで学ぶ」メリットを感じる もう1人のCWBJ参加者、戸田和子さんは、8年前に会社員を辞め、現在は「中小企業向けDX支援ビジネス」の開業準備を進めている。そのためにさまざまなITスキル習得に挑んでおり、CWBJも「起業準備のひとつ」として参加した。 戸田さんは、実は2年ほど前からMicrosoft Learnを通じて、DX、データサイエンス、AIなどの学習に取り組んできた。ただし「独学での学びには、かなりの苦労もありました」と語る。一方でCWBJは、eラーニングによる自習だけではなく、さまざまなスタイルの学び、共に学ぶコミュニティがある。独学の頃はつらかったが、CWBJで仲間と一緒に学ぶ環境では「あっという間にプログラムを修了した」感覚がある。 「社会人学習と言うと“やらされている感”を持つ人が多いですが、CWBJは楽しんで参加している人が多い印象です。さらに、独学では難しかった内容も、誰かに教えてもらうとこんなに分かりやすいものか、ということにも気づきました。みんなと一緒に学ぶことはモチベーションの維持にもつながり、学習のペースも把握しやすい。『みんなで一緒に走り切った』という達成感もあります」(戸田さん) CWBJのプログラムを通じて、戸田さんは生成AIの活用方法や、Azure AIによるサービスの実装について学んだという。通常、Azureを利用するためにはライセンス購入などの準備が必要になるが、CWBJで提供される「オンラインラボ」は、そうした準備なしでAIサービスを構築したり、実装したりすることができる。 「CWBJは、Azure AIを利用できるオンラインラボが提供され、実践的な学習ができる点が特徴。文系でアナログなわたしでも、AIを活用したサービスが作れる時代がやって来たことを実感できました。“AIの民主化”を感じています」(戸田さん) 同じ目標を持つ参加者との出会いも、「ITに興味がなくても参加を」 戸田さんは、これまでもいくつかのテクノロジーコミュニティに参加した経験を持つという。しかし、ほとんどの場合は女性の参加者が少なく、発言にも気を遣いがちだった。CWBJの参加者が女性に限定されていることで「心理的安全性」が担保されている点は大きい、と戸田さんは語る。 また、これまでは「身につけたスキルをどう仕事につなげるか」がイメージしづらかったが、他のCWBJ参加者との交流を通じて、自身の将来像についても学ぶものがあったという。 「CWBJに参加して、多くの人が新しい分野に挑戦したいと考え、意欲的に学んでいるのを目の当たりにしました。さらに、オフラインの交流会では『自分も変わりたい』という女性との対話を通じて勇気をもらえました。CWBJは、多くの人が『なりたい自分になるためのプログラム』だと感じます」(戸田さん) 先に触れたとおり、戸田さんが目指すのは、中小企業のDX支援を行う新ビジネスの立ち上げだ。戸田さんはこのビジネスを「おかんDX」と呼ぶ。中小企業の“おとん(お父さん)”たちのデジタル化を“おかん(お母さん)”の力で支援する、そんなイメージだそうだ。 「中小企業はデジタル化が遅れ、人手不足で困っています。変化しなければならないことはたくさんあり、“めんどくさい”“難しい”“無理”とデジタル化を敬遠してしまう“3M”のマインドチェンジも必要です。CWBJで学んだことを中小企業に提案し、DXの第一歩からお手伝いしたいと考えています」(戸田さん) CWBJコミュニティでは、同じ目標を持つ女性とも出会えた。一緒に生成AI活用やAIサービス利用を提案して、中小企業の役に立ちたいという希望を持っている。 「なにかをやりたいときに、ITスキルを持つだけで可能性は大きく広がります。CWBJは、たとえITに興味がなくても一度は参加してほしいプログラムですし、ITに興味があるならなおさら参加してほしいですね」(戸田さん) AIスキルと「自信」を身につけ、“気持ちのバリア”を破る 実は今回の取材のなかで、2人が異口同音に語っていたことがある。CWBJのプログラム前半に組み込まれている「グロースマインドセット」、日本語で言えば「成長型思考」の講義がもたらした影響だ。 グロースマインドセットは、マイクロソフト社員も全員学んでいる考え方であり、「これしかできないではなく、まだまだできる」「失敗から学び、向上していく」といった前向きな姿勢を示している。 花香さん、戸田さんは「最初に受講したときは、ピンと来なかったよね?」と笑いつつ、学びを進めるなかでつまずきそうになると、徐々にその考え方、姿勢が役に立つようになったと語る。 花香さんは、学びのなかで「分からないことだらけ」になってしまったときでも、「いまは知らないことでも、やっていけば自分の力になる」と、前向きな気持ちで学習が続けられたと振り返る。「グロースマインドセットで学んだことが“魔法”のようにじわじわ響いてきました」(花香さん)。 そして、グロースマインドセットによる学びや、コミュニティ参加者との交流を通じた刺激によって、2人の気持ちには大きな変化も生まれている。 花香さんは、6カ月間のプログラム受講を通じて一番変わったのは「自分はこのままでいい、という考えがなくなり、変わりたいという気持ちが強くなったこと」だと語る。また戸田さんは、「『オバちゃんだしこんなことは無理!』と勝手に思い込んでいました。でも、CWBJへの参加を通じて、多くの“バリア”を破れるようになりました」と心境の変化を説明する。 CWBJでは、これまでAIに触れたことがない人でも、楽しみながらAIスキルが学べる――。それだけでも十分なメリットだと言えるが、参加した女性たちが「自分はできる」と自信を持ち、新たなチャレンジに踏み出せるようになることの意義は大きい。そうした成果を生むプログラムでもあると言えそうだ。 文● 大河原克行 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp