『光る君へ』でも描かれた<刀伊の入寇>。船から海へ投げ込まれて命からがら…拉致された女性が残していた生々しい報告
◆2人の女性が持ち合わせていたもの 多治比という姓は、刀伊と戦った人の中に「怡土郡の住人多治久明」が見られるように、北九州から対馬あたりに広がっていた氏族と見られる。 もとは6世紀の宣化天皇に始まる天皇からの分かれで、7世紀末期の左大臣多治比真人嶋のときに皇族から離れ、中央政界では9世紀にはほぼ姿を消していた氏族である。 また内蔵氏はもともと天皇の財産を入れる蔵を管理する渡来系氏族だったが、やはり9世紀には衰退してしまっている。 彼女らはそうした一族の後裔で、地方に土着した者の一族であり、それなりに有力な家の女性ではないかと思われる。 そして彼女らは、海に投げ込まれても浮いていて高麗船に救出されたというのだから、海近くに生きる女性たちの強さも持ち合わせていたようだ。 もしかしたら彼女らは海女を生業にしていたのかもしれない。私はこの話を読むたびに、志摩半島に生きる、陽気で生命力にあふれた海女さんたちを思い浮かべるのである。
◆忘れてはならない女性 さて、この事件でもう一人忘れてはならない女性がいる。皇太后彰子である。 このときの天皇は彰子の長男、後一条天皇で時に12歳、まだ政治ができる年ではなく、摂政藤原頼通が実権を握っていた。 『小右記』の同年4月26日条には、摂政頼通が大宰府からの報告書を上奏しようとしたということが記されている。 物忌やら何やらで結局うやむやになったようだが、頼通が事件の最終報告をしようとしたのは誰かということを考えてみれば、それは後一条ではなく母后の彰子だと考えられる。 そう、この事件に関わった「王権」の中心には、皇太后彰子がいたのである。 ※本稿は、『女たちの平安後期―紫式部から源平までの200年』(中公新書)の一部を再編集したものです。
榎村寛之
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