「家族記念写真の慰謝料」はたった50万円…上階からの漏水トラブルで「補償されるorされない」の意外な法則
■漏水事故でよく揉めるのは、日用品の扱い 集合住宅で水道管に亀裂が入り下の階が水浸しに。天井や壁はもちろん、家具、家電製品から食器類、洋服などまで水浸しになり、時には、部屋の修復がすむまで下階の住民はホテル住まいとなることも。これらの被害への補償はどうなるのでしょうか。 まず、マンションの上下階の漏水は大半が保険で処理されるので、ほとんど裁判になることはありません。ただ、下の階の住民が生活できない状態になれば、解決が急がれます。にもかかわらず保険会社の査定がなかなか出ないと被害に遭った住民が怒り出します。 賃貸の物件であればオーナーの保険で修理しますが、オーナーは査定が出る前に改修工事に着手する心構えを持たないとトラブルのもとになります。時にはオーナーが、自ら原状回復の費用を立て替える必要も出てきます。基本的には保険で解決されるので、あまり心配はいりません。 ただ、よく揉めるのは日用品の扱いです。特に、上水ではなく下水が漏れて食器や衣類が汚れた場合などは、「気持ち悪いので全部買い替えたい」と言われることがありますが、保険でも裁判でも、クリーニング代は認められても買い替え代金は認められません。こういうとき、住民同士で交渉すると感情的になりがちなので、交渉は保険会社に任せましょうとアドバイスしています。 では家具や衣類がカビだらけになり使用不能になったら。この場合は、買い替え費用を認める判例もありますが、新品の代金全額が補償されるわけではありません。損害時の時価、つまり中古価格で評価されます。ただ、こういうときは保険会社の査定のほうが被害者に甘く、一方、裁判になると法律に沿ったドライな判断になることが多いようです。
■家族の記念写真が破損! 慰謝料の相場は? やっかいなのは査定が困難なケース。例えばパソコンが水浸しになりデータが消失した場合、本体の買い替え代金は出てもデータ消失による逸失利益の立証が困難なため補償されません。ただしデータ復元を行った復元費用については賠償が認められます。被害者が、原状回復のために支払ったお金は賠償対象になりやすいのです。 これは実際に判例がありますが、プロの写真家が上階居住者の過失による漏水でフィルムに被害が及んだケース。経済的損害を被ったとして損害賠償を求めましたが、裁判所はフィルムの経済価値を認める証拠がないとして賠償を認めませんでした。ただし芸術家の作品に対する愛着と精神的損害を認め、慰謝料200万円の支払いを命じました。 貴重な作品を焼き付けた多数のフィルムが破損したのに、200万円は安いと思われるかもしれませんが、慰謝料としては結婚詐欺や欠陥住宅被害と同レベルのかなり高額な部類に入ります。日本の慰謝料は懲罰的なものではなく、精神的な損害に対するものなので全体的に低めなのです。家族の記念写真など思い出の品が破損したときの慰謝料も、45万円から50万円が相場になっているようです。 では、ホテル住まいを強いられた場合はどうか。ホテル代は事故がなければ発生しない出費ですが、飲食代は家にいても必要との解釈も成り立ち、判断に迷います。 過去には、浸水事故との相当因果関係が認められる範囲内という判断で、宿泊料金に含まれる飲食代が認められた判例があります。一方で、例えば友人のためのケーキ代など、事故との相当因果関係が認められない出費は、当然、認められません。仮住まいの問題については、福島原発事故を機に東京電力が作成した賠償基準がかなり細かく項目を定めており、裁判でも援用されることがあります。 そのほかに問題になりがちなのは、漏水による物件の評価損です。漏水事故は売却時に重要事項等として報告する義務がありますが、保険業者は評価損には対応しません。そもそも立証は困難ですし、不法行為による損害賠償請求権の時効は「損害及び加害者を知って3年」なので、それが過ぎると賠償を求めることもできません。過去に、売り出し中に起きた漏水事故により売却価格が下落し、その差額について損害を認めた判例もありますが、これは極めて稀な事例です。 ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年11月29日号)の一部を再編集したものです。 ---------- 秋野 卓生(あきの・たくお) 匠総合法律事務所 東京事務所 代表社員弁護士 第二東京弁護士会所属。専門は、住宅・建築・土木・設計・不動産に関する企業法務。著書に『住宅会社のブランド価値向上のためのクレーム対応術─10のポイント』など多数。 ----------
匠総合法律事務所 東京事務所 代表社員弁護士 秋野 卓生 構成=桑原和久