科学者・中村桂子「21世紀の日本でパンデミックが起こるとは…」科学の知識が増えれば増えるほど、知識と日常のギャップは大きくなる
◆身近だった感染症 私が子どもの頃は、病気といえば感染症を思い浮かべました。 小さな子どもたちが赤痢(せきり)や百日咳(ひゃくにちぜき)などで亡くなり、はしかや天然痘(てんねんとう)も身近な病気でした。 病原体であるバクテリア、ウイルス、寄生虫、真菌(しんきん)などが体の中に入って悪さをするのが感染症です。 けれども、結核などバクテリアの感染症は抗生物質による治療、ウイルス感染症などはワクチンを用いた予防が普及し、公衆衛生の改善で寄生虫は日常から消えて、感染症への対処はできるようになったというのが、一般的な受け止め方になってきました。 少なくとも日本を含めて科学技術の発達した国では、感染症はいわゆる風邪くらいで、2、3日休めば回復する病気と考えられるようになりました。
◆21世紀「想定外」のパンデミック 私は生命科学を学びましたので、ウイルスについては勉強し、生命とは何かを考えるにあたって、とても興味深い存在としてウイルスに関心を持ってはいました。 また、がんウイルスやエイズウイルスなど、病原体としてのウイルスの特殊性その他について考えてもきました。それでも、感染を身近な問題として考えることはありませんでした。 日本にこのような形で新しいウイルスが登場し、21世紀という時代にパンデミックが起きるとは思ってもいなかったのです。 2011年3月11日に発生した東日本大震災の津波で、東京電力福島第一原子力発電所の事故が起き、多くの科学者、技術者が「想定外」という言葉を発した時、とても不遜(ふそん)な言葉と感じたことを思い出します。 自然界ではいつも思いがけないことが起きるのだと思わなければいけないのに、機械の世界に慣れてしまい、人間は何でも知っており、思うがままに事を進められるという驕(おご)りからくる言葉だと思ったからです。 でも、新型コロナウイルスでは、正直考えてみたこともない状況となり、「えっ、こんなことが起きるんだ」と驚きました。 考えてみれば、起こり得ることが起きているのですが、これに出合うことを意識してはいなかったと思わざるを得ません。 頭の理解と生活感覚の間にはギャップがあるのだと、強く感じました。
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