最終話考察『海に眠るダイヤモンド』鉄平の想いが私たちに繋がる
意味のないことはひとつもない
賢将(清水尋也)の息子・古賀孝明(滝藤賢一)によって、鉄平が残した10冊の日記に連なるもう1冊が存在したことが明らかに。それを澤田(酒向芳)が隠していたことがわかる。その懺悔とともに、澤田が自らの正体を明かす。実は自分は誠であったと。楽しく暮らしながらも、死ぬまで鉄平と朝子には「お詫びのしようがない」と言っていた母=リナに代わり、朝子=いづみ(宮本信子)の手助けをしたいと、いづみの会社に入ってきたのだと。土下座する澤田=誠にいづみは言う。 「あなたに罪なんてない。進平兄ちゃんとリナさんと誠、あなたたちがいたから、この家族に会えた」 あの日、朝子の元に鉄平は来なかった。朝子は虎次郎(前原瑞樹)と結婚し、子どもを生み、孫が生まれた。会社を継ぐことで大切なものを見失っていた和馬(尾美としのり)は端島の暮らしを思い出し、鹿乃子(美保純)もかつての父と母を思い出して、今、いづみの子や孫はいっしょにちゃんぽんを作っている。誠も無事に家族を作り、子供たちを育て上げることができた。この全てが、朝子と鉄平が結ばれていたら存在していない未来なのだ。 「意味のなかことはひとつもありませんよ。良かことも悪かことも全てね。全てを抱えて、一生懸命生きていく。それが人間たい」 まさにあの頃の端島で、説教和尚(さだまさし)が鉄平に伝えたとおりだ。 日記を通じて当時の端島を、鉄平たちの思いを理解していた玲央(神木隆之介、二役)。彼が賢将と百合子が遺した家族がみな元気と知ってほっとするシーンもよかった。玲央からの質問にピンと来ていないようすの古賀を見るに、賢将と百合子は子や孫に自分たちの心配を伝えることなく人生を全うしたのだろう。
玲央はもしかしたら私だったかもしれない
いづみと玲央は、再び端島へ。そして、鉄平の晩年を知ることになる。日本全国を放浪していた鉄平は、晩年の20年ほどをようやく、端島が見える家で暮らすことができた。近所の人々の話し相手になるという「外勤さん」のような生活をしながら、最期までひとりで、海越しの端島が見える庭に、一面のコスモスの花を咲かせて。 「誰もいなくなってしまったけれど…あるわ…ここに。私の中に。みんな…眠ってる」 鉄平が自分と同じように、いや、もしかしたら自分以上に、片時たりとも好きだった相手のことを、端島のことを忘れていなかったことを知ったいづみ=朝子の中に眠っていた記憶が目を覚ますように、視聴者にとっては見慣れた「あの頃の端島」がよみがえる。あの日の朝子といづみとが、端島で対峙する。 「私の人生、どがんでしたかね?」 「朝子はね、きばって生きたわよ」 よみがえった端島には、あの頃のみんながいる。進平もいるし、誠も育っている。朝子と百合子(土屋太鳳)、リナが身体を寄せ合ったりもする。まるで全てを許し合うように。 百合子は物語の途中で、朝子が意図せず犯した罪を許した。鉄平は逃亡後もわずかながら賢将に接触しつつ、全てを伝えることはできなかったし、最後まで朝子に手紙を送れなかった。賢将は鉄平のことを、百合子や朝子には伝えられなかった。リナは鉄平と朝子に対する罪の意識を持ち続けた。朝子は鉄平への想いを端島に置いて、東京に出てきた。全員が沈黙を抱えていた。彼らの秘密も、端島とともに、海の中で眠り続ける。 鉄平はリナに付き添って病院に通っていた頃、朝子にプロポーズするため、ギヤマンの花瓶を自作していた。死ぬ直前の鉄平は、生涯持ち続けたそのギヤマンを、端島に置いてきた。「上の方」に置いてきたらしいそのギヤマンをいづみはもう、見ることができない。よみがえった映像の中でもわからなかった、端島の廃墟に置かれているきれいなギヤマン=「海に眠るダイヤモンド」は、青だった。鉄平が「鞍馬天狗」として朝子にあげたガラス瓶にも似た青。鉄平が告白したときも、デートのときも朝子が着ていた青。そして朝子は、来ない鉄平を待ち続けたあの日も、青いカーディガンとイヤリングを身に着けていた。明るい青、海の色だ。2024年のいづみも、きれいな青のストールをまとっている。 玲央は、端島の人たちと何の血の繋がりもなかった。映像に残っていた鉄平は、玲央とは似ていなかった。誰の子どもだったのか、誰の孫だったのかと考えてきたが、振り返ってみれば、この結論こそがいちばん大事だったように思う。あの2018年のある日に、いづみはふと「外勤さんのように」玲央に声をかけた。たったそれだけのことで、半世紀以上前の端島と現代とが繋がり、そして未来(2024年)を変えた。思いを繋ぐ関係性に、必ずしも血の繋がりは必須ではない。端島が「一島一家」と、ともに暮らしているだけで家族同然だったように。玲央は、もしかしたら私たちの誰かであったかもしれない。そしてこの先、私たちは玲央になれるかもしれないのだ。関係がなかったはずの、はるか昔の誰かの思い。それが今に繋がっている。『海に眠るダイヤモンド』は、そんなことを見せてくれたドラマだった。 ●番組情報 日曜劇場『海に眠るダイヤモンド』(TBS) 脚本_野木亜紀子 演出_塚原あゆ子、福田亮介、林啓史、府川亮介 プロデュース_新井順子、松本明子 出演_神木隆之介、斎藤工、杉咲花、池田エライザ、清水尋也、土屋太鳳、宮本信子 他 音楽_佐藤直紀 主題歌_King Gnu『ねっこ』 U-NEXTにて全話配信中(有料) ●釣木文恵/つるき・ふみえ ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。 Edit_Yukiko Arai
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