プロ野球「戦力外」からの銀幕デビュー 俳優・八名信夫さん(89)が「悪役で生きていこう」と思った運命の瞬間
昔と今とでは「悪の質」が大きく変わった
東映を代表する悪役スターとしてのキャリアを積んで20年が経過する頃、東映以外の他社の作品に出演する機会に恵まれた。すると、八名に新しい野心が芽生えていく。 「他社の作品で若者を助ける刑事役をやったこともあって、次第に悪役以外の役柄も演じてみたくなったんだ。それまで悪役中心だった俳優が善人を演じたら、画面に深みが出るんじゃないかと考えた。そこで他社で活躍している悪役仲間たちに声をかけて、新たに活動を始めることにしたんだ」 それが、現在まで続く「悪役商会」の誕生の瞬間である。こうして、八名を筆頭に、武藤英司、関山耕司、外山高士、榎木兵衛、佐藤晟也、岩城力也、三重街恒二、若尾義昭、大下哲矢、丹古母鬼馬二、山本昌平の12人の悪役が集結した。 「それぞれ一匹狼でやってきた連中ばかりだから、みんな個性的だし、クセも強いし、プライドも高い。それでも、みんなで舞台をやったり、老人ホームの慰問をしたり、子どもたちの施設を訪ねたり、《悪役の罪滅ぼし》と言いながら、楽しく活動を続けてきたんだ」 テレビCMに起用され、悪役商会総出演の映画も制作された。タレントショップブームの全盛期には、原宿・竹下通りに「悪役商会の店」もオープンした。青汁のCMで八名が口にした「まずい! もう一杯!」は大きな話題を呼んだ。こうして、日本の悪役の第一人者として60年以上の悪役人生を突っ走ってきた。 「もう89歳になった。いろいろなことがあったけど、少しでも世の中の役に立つ足音を残して生きていきたい。最近は、そんな思いを持っているね。オレの俳優人生は、いろいろな方々に支えられて生きているよね。プロ野球選手だったことは遠い昔の出来事のようだよ」 本人の言葉にあるように、現在は「誰かのために役に立って生きていく」という思いで私財を投じ、映画製作を行っている。東日本大震災(2011年)の際には、被災地の気仙沼と南相馬を何度も訪れ、故郷の大切さや家族の絆、思いやりの心をテーマに「おやじの釜めしと編みかけのセーター」を作り、熊本地震(2016年)では、仲間が被災したので、すぐに現地に飛び、笑顔で前を向いている被災者に思いを寄せて「駄菓子屋小春」を熊本の人たちと一緒に作った(いずれも脚本、監督)。全国各地を回りながら、無料上映をしている。 そして、反社会勢力が排除される一方で、市井の人々による凶悪犯罪が増え、政治家の汚職や不祥事が後を絶たない昨今、以前と比べると「悪」の質が変化しつつあることを八名は敏感に察している。 「令和の時代の《悪》は、今までとはまた違ったものになりつつあるよね。最近ではむしろ、“善人の方がよっぽど悪じゃないか”と思うこともあるよ(苦笑)。そうなると、《悪役を演じる》という意味合いもまた変わってくるよね……」 インタビュー終了後、新刊『悪役は口に苦し』(小学館)を手渡された。そして、ペンをとると、八名はこんな言葉をしたためた。 出会い、ふれ合い、人の味――。 89歳にしてなお、八名信夫は真っ直ぐ、前を見据えて生きている――。 (文中敬称略) *第1回記事では、今でも鮮明に記憶に残る79年前の“あの日”から、理不尽なしごきに耐えた学生時代と東映フライヤーズに入団するまで
長谷川 晶一 1970年5月13日生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務を経て2003年にノンフィクションライターに。05年よりプロ野球12球団すべてのファンクラブに入会し続ける、世界でただひとりの「12球団ファンクラブ評論家(R)」。著書に『いつも、気づけば神宮に東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』(集英社)、『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』(双葉文庫)、『基本は、真っ直ぐ――石川雅規42歳の肖像』(ベースボール・マガジン社)、『大阪偕星学園キムチ部 素人高校生が漬物で全国制覇した成長の記録』(KADOKAWA)ほか多数。 デイリー新潮編集部
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