プロ野球「戦力外」からの銀幕デビュー 俳優・八名信夫さん(89)が「悪役で生きていこう」と思った運命の瞬間
悪役稼業に魅了された理由
「自分で主役をやってみて気がついたんだ。悪役の場合、物語の途中で亡くなれば、その仕事はそれで終わり。別の作品に出ることができて、出演料ももらえる。それであるとき、(高倉)健さんが主演の映画で、監督に直訴したんだ。“オレにその斬られ役をやらせてください。背の高いオレが死ねば迫力も出るはずですから”って。それで悪役を演じてみたら、監督も、健さんも、“八名の方が迫力があるな”って、すごく喜んでくれたんだよね」 ここが、八名にとっての運命の分かれ道となった。このときから、彼の胸の内には「悪役で生きていこう」という思いが根づいていくのである。 「主役の場合、家族関係や生い立ちなど、細かい設定がきちんと描かれている。でも、悪役の場合は“ただ殺しに行って、逆に自分が殺される”だけ。だからこそ、自分でいろいろ背景を考える楽しさがあるんだ。なぜ、この男は悪の道に足を踏み入れたのか? どんな思いで拳銃を構えているのか? そんなことを考える楽しさに気がついたんだ」 当初、八名が目論んでいた通り、悪役を演じるようになると、出演本数がうなぎ登りに増えていく。主役に比べれば少額ではあったが、それでも本数が増えれば懐に入る出演料も増えていく。 「それだけじゃない、大きかったのは《危険手当》だね。冬場に水の中に入る、あるいは夏場に火の中に入る。すると手当がつく。たくさんの出番に恵まれて、収入も増えていく。すぐに、悪役を演じる楽しさに魅了されていったんだ」 ここから、悪役を中心とした俳優人生が本格的にスタートする。鶴田浩二、辰巳柳太郎、若山富三郎、丹波哲郎、北大路欣也、高倉健……。多くのスター俳優たちの敵役となり、八名は見事に殺され続けた。物語上では何度も何度も死を経験したものの、観客の胸の内では、確固たる存在感を築き、堂々と生き続けた。 「洋画のギャング映画を見ていろいろ研究したよ。ジャック・パランス、リチャード・ウィドマークにジャン・ギャバン……。みんなカッコよかった。彼らの演技を参考にしながら、自分なりの悪役像を作り上げていく。本当に楽しかったよ」 悪役こそ、八名にとっての天職だったのだ。