5か月の営業停止もリストラせず コロナ禍と向き合う木下大サーカスの「鉄則」
テントの背後には大阪城の天守閣がそびえる。蝉しぐれが降る夕暮れどきは、日本の夏の風景として、これ以上ないほどの情緒が漂った。ロケーションは木下大サーカスの印象を強める。その記憶が次の大阪公演につながるのだ。 商売のセオリーの二つ目は「根」。根気強く営業活動をするという意味だ。木下大サーカスは1年ほど前から公演場所を見定め、半年前には先乗り部隊の事務所を設置する。そこから地元メディアや企業と手を組み、地道に販促活動を展開する。そこで物を言うのが100年以上かけて築いた人脈だ。木下はこう感謝を口にする。 「私たちと全国の新聞社の間には、長い長い歴史があるからね。コロナで苦しんでるときも、いろいろな新聞社から全部で1000万くらいの寄付金をもらったんです。120年の歴史は大きいよね」
三つ目は「ネタ」。つまりは出し物の質である。休業中も週1回、本番さながらのリハーサルを行い、演技の質を保った。木下は実は、シルク・ドゥ・ソレイユに危うさを覚えていたという。 「シルク・ドゥ・ソレイユは最初は素晴らしいショーをしていた。それで、あっという間にすごい会社になった。でもね、広げ過ぎて、内容のレベルが落ちた。あそこまで規模を拡大すると、細かなところまで目を配れなくなっちゃうんだろうね」
社長就任から10年で借金10億返済
関東大震災、戦争と、あらゆる時代の困難を乗り切った家訓にしたがった木下は、社長就任から10年で10億の借金を完済した。その自信が「10億まで借りられる」と言わせるのだ。 「税金を払わないといけないので、1年1億返すには2億以上の利益がないといけない。人間ってね、年間2億も3億も黒字が続くと、有頂天になっちゃうんだよ。でも、勝って兜の緒を締めよ、でね。サーカス団を二つ、三つ、並行してやろうと思ったこともある。ただ、商売というものは一度大きくする方向へ走ったら、途中で引き返せなくなる。よかったね。広げないで。大きくしていたら、コロナでうちもポシャっていたかもしれない」 今年に入り、木下大サーカスも、ようやくコロナ下の営業形態に慣れてきた。その矢先だった。広島公演中の5月、所属団員10人が新型コロナに感染し、公演打ち切りを決断した。 安閑としていられない状況は続いている。だが、木下は、まだ精神的なゆとりを見せる。 「松下幸之助さんの言葉で『万策尽きたと思うな。自ら断崖絶壁の縁に立て。その時はじめて新たなる風は必ず吹く』っていうのがあるんですよ。その覚悟はいつでもある。でもね、私は、まだまだここが断崖絶壁だとは思ってないんですよ。断崖絶壁の縁って、こんなもんじゃないでしょう?」