5か月の営業停止もリストラせず コロナ禍と向き合う木下大サーカスの「鉄則」
木下大サーカスを追っかけ、北海道以外、ほぼ全国を回り尽くしたと話すファンの岩倉誠(52)は話す。 「今、日本には大小含めると、七つくらいのサーカス団がありますけど、規模、質から言っても木下は断トツ。テント内は冷暖房完備、トイレも水洗で、合間合間にきちんと掃除してくれているのでとてもきれい。団員さんも顔を覚えてくれて、私と目が合うと、ウインクしたり、手を振ってくれたりする。ファンサービスも徹底されている。これだけお客さんを呼べるところは、世界を探してもそうないと思いますよ」
木下大サーカスは、約30人の営業部隊と、約70人の演技集団で構成されている。演者のうち約20人は世界各国から集まった外国人アーティストだ。日本人は社員だが、外国人は公演ごとにギャラを支払う。 この規模で年間、約100万人もの観客動員を誇る。年中無休の国内最大級の寄席、吉本興業のなんばグランド花月(収容人数約900人)の年間動員数とほぼ同じくらいである。
5か月の営業停止でもリストラせず
サーカス業界に激震が走ったのは昨年3月だった。世界的なサーカス団、シルク・ドゥ・ソレイユが全スタッフの95パーセントに当たる4679人を一時解雇したと発表したのだ。にもかかわらず6月には経営破綻に追い込まれた。 木下大サーカスの団員の平田有里(26)は、「正直、不安はありました」と振り返る。 「シルク・ド・ソレイユが解散したというのを聞いて、どうなっちゃうんだろう、と。でも社長は常に前向きで、明るい。いつも『誰もクビにしたりはしない。おれについてこい』って前に立って引っ張ってくれた。外国人の方もショーに出た分しかお金をもらえないので不安だったと思うんですけど、社長の姿を見て安心できたと思います」
木下大サーカスは、昨年2月末から7月まで、およそ5カ月間、営業をほぼ停止せざるを得なかった。団員たちは普段、移動が容易な海上コンテナを改造したハウスで生活している。光熱費や食費の一部も会社が持つ。したがって、サーカス団の中にいさえすれば、生活にはほぼ困らない。それでも木下は減給もしなかった。また、歩合制の外国人には普段、バイトに任せていた仕事を割り振ることで急場をしのいでもらった。 旅の仲間は人間ばかりではない。ライオン5頭、象2頭、シマウマ3頭、ポニー2頭も立派な団員だ。動物たちのエサ代だけでもひと月100万から150万ほどかかるという。 サーカス団を維持するには多大な費用を要する。しかし、社長の木下は解雇だけはすまいと決めていた。 「日本の社長って、人を切れないでしょう。それは、よさでもあるし、弱点なのかもしれない。でもね、海外アーティストの場合も、解散しちゃうと、コロナが収まったときに、また一緒にやろう、というふうにはいかなくなっちゃうと思うんだよね」