金メダリスト対決でリベンジ優勝した伊調が東京五輪代表の最有力となったのか?
4日間にわたって行われたレスリング天皇杯全日本選手権の最終日、その最後に行われた試合は、オリンピック金メダリスト同士による決勝戦だった。23日に行われた女子57kg級決勝は、アテネ、北京、ロンドン、リオデジャネイロと五輪4連覇の伊調馨(34、ALSOK)と、リオデジャネイロ五輪金の川井梨紗子(24、ジャパンビバレッジ)という顔合わせだった。試合終了わずか10秒前から、低い位置への伊調のタックルが決まり2点を得て3-2と逆転勝利。東京五輪がかかった初めての予選大会で、伊調が一歩、先へ進んだ。 表彰式を終えたあと、「まったく見えなかった東京オリンピックというものが、まだぼやけていますけれど、上を見たときに少しずつ、そこにあるのが見えてきました」と、初めて直接、伊調は自分の口から五輪5連覇への思いを語った。 伊調と川井の対戦は、前日に続いて二度目だった。というのも、女子57kg級は出場選手が7人だったため、リーグ戦とトーナメントを組み合わせたノルディック方式がとられ、抽選の結果、伊調と川井は同じグループのリーグ戦でまず戦うことになったからだ。22日に行われたリーグ戦で1位になった川井と2位の伊調は、それぞれ準決勝を戦い、23日の決勝に進んだ。 二度目となる川井との試合を伊調は「やっぱり二人ともオリンピックチャンピオンなんだし、見ている人が楽しい、面白いなと思える展開を作らないと。昨日のような、お互いに見合ってというのは一番ダメだから、レスリングをやろう」との決意で決勝戦に臨んだと明かした。その言葉通り決勝戦での二人は、前日の対戦とは、まったく異なる試合を作り出した。スピードも、攻防のめまぐるしさも、桁違いに濃密だ。 前日のリーグ戦で行われた伊調と川井の試合は2-1で川井が勝利したが、レスリングらしい技術の展開による得点はひとつも入らない試合だった。伊調も川井もぎこちなく映った。2度目の対戦を意識して、互いに手の内を隠そうとする心理が体の動きに反映してしまっていたのか。 決勝戦の得点がまず動いたのは、第1ピリオドの中盤。伊調にアクティビティタイムが指定されたときだ。レスリングにおいて、もっとも推奨されるのはリスクにチャレンジすること。攻撃が推奨されるなか、消極的だと審判から指摘されても改まらなかったとき、30秒の制限時間内に得点するノルマを課せられる。もし得点できないまま時間を過ぎると、攻撃を指定されたのとは反対側の選手に1点が加えられるのが、アクティビティタイムというシステムだ。 前日の試合でも3回、アクティビティタイムの指定があったが、決勝では同じルール適用でも、伊調と川井の反応がまったく異なっていた。様子を見るのではなく、リスクにチャレンジし続けたのだ。タックルに入ろうとしたのだろうか、少し腰が浮いた伊調の脚を川井がとらえ、場外へ押し出して得点につなげた。 消極的ではない得点が伊調と川井の試合で動いたことに、レスリングを見る楽しさを感じるとともに、小さい疑問が浮かんだ。なぜ川井は、守りに徹することなく伊調が攻撃を課せられた制限時間内に1点を取りに行ったのか。バックポイントにつなげて2点にするつもりが1点で終わったのだろうか? というのも、もし制限時間を過ぎたら、川井には自動的に1点が加えられるからだ。 試合後、伊調はこの場面を振り返って「押してきたので、倒すつもりは無かったと思う」と川井は2得点を狙わなかったととらえていることを明かしている。そして「1失点で終わったのはよかった」と、安堵した気持ちも隠さなかった。 もし制限時間30秒を過ぎて川井が伊調を場外へ押し出していたら、川井は伊調が得点しなかったための1点と、場外の1点の合計2点を重ねることができた。この1点差は、いま振り返ると、試合終盤の駆け引きに影を落とした。