「年収103万円」の壁は一部でしかない!「106万円の壁」が浮き彫りにする現行年金制度などの歪み
■ 「基礎年金に税金投入」の何がおかしいか? 小黒:「年収の壁」を解消する一つの方法としては、先ほどお話しした「106万円の壁」となっている「週20時間以上」の要件を引き下げるという対応があります。 例えば、週20時間以上の要件を引き下げ、最低賃金で月2万円以上に緩和すれば、年収の壁は24万円になりますよね。そうなると、年収25万円の配偶者が社会保険料を支払うことになっても、社会保険料の負担総額は年間約3.5万円です。つまり、配偶者の社会保険料が24万円から25万円になって、世帯主の社会保険の扶養から外れても、社会保険料の負担は3万5000円しか増えない。 もちろん、年収は1万円しか増えていないので負担は増えますが、それほど大きな負担ではありません。頭の体操に過ぎませんが、月額賃金を1円以上にすれば、実質的に年収の壁はなくなります。 ただ、この月例賃金の緩和は著しい不公平を生み出します。なぜならば、国民年金の保険料は2024年度で月額1万6980円なのに対して、厚生年金の保険料率は18.3%のため、仮に月例賃金8.8万円の労働者が厚生年金の適用(2号被保険者)になると、厚生年金保険料の負担は月額で約1万6000円になってしまうからです(労使の合計)。 すなわち、厚生年金の2号被保険者は、年金保険料を支払えば、年金を受給する際に基礎年金に加えて、厚生年金の報酬比例部分を受け取ることができるということです。国民年金に加入する1号被保険者は月額1万6980円の保険料を支払っても、基礎年金しか受給できないのに、同じ保険料を負担する労働者が基礎年金+報酬比例部分を受給できるということです。 仮に、週20時間以上の要件を引き下げれば、1号被保険者よりも少ない保険料で、それ以上の年金を受給できるということです。これが、社会的に受け入れられるのでしょうか。 ──まず無理だと思います。 小黒:ですよね。ですから、短時間労働者の厚生年金加入要件を緩和しても、抜本的な解決にならないということです。 そもそも、この問題の解決には、年金制度の1階部分(基礎年金)と2階部分(報酬比例部分)を抜本的に見直す必要があります。 具体的には、現在の国民年金保険料は定額ですが、スウェーデンの仕組みを参考に、マイナンバーで全国民の所得を把握した上で、年金保険料率は、国民年金保険料も含め、定率とする必要があります。その上で、現在、基礎年金の半分に投入している公費(税金や財政赤字の一部)は、低年金など真に困っている人々の年金給付額の底上げに利用するのがよいでしょう。 なお、税金を基礎年金に投入するということは、現役世代の低所得者も含めた納税者から、引退世代の富裕層に所得を移転していることになります。そして、赤字国債で賄う財政赤字部分を基礎年金に投じるということは、現役世代どころか将来の世代から取ったカネを高齢世代に給付しているも同然です。 政府は2004年に年金制度の大きな改革をしましたが、上記のような、もう一段の抜本改革をしなければ、これらの問題を解決することは本質的に難しいのが現状です。 ──今、長期的視野に立って、そんな大きな議論ができる人や組織はありますか? 小黒:残念なことに、再分配のあり方を考える重要な会議体が存在しないのが現状です。 2001年に中央省庁の再編が行われた時、国民皆保険の基礎を作った社会保障審議会は廃止となり、長期計画を立てる経済企画庁も廃止となりました。政府税制調査会もかつての影響力を失い、経済財政諮問会議も本当の意味で「骨太」の方針を提言しているとは言い難い状態です。 ──希望がありません。 小黒:まず政府は正しい情報を出すことです。例えば、今年4月、内閣府は経済財政諮問会議(2024年4月2日開催)で財政・社会保障の長期試算を公表しました。このうちのベンチマーク・シナリオでは、2019年度に4.8%であった医療・介護の社会保険料負担(対GDP)は、2060年度に7.2%に上昇していくと予測しています。 この試算結果は、2060年度の医療・介護の社会保険料負担(対GDP)が2019年度の1.5倍となっていますが、これは約40年間で、名目GDPの増加分よりも医療・介護の社会保険料負担の増加分が50%も上回る可能性があることを意味します。 このような情報を含め、まず、政府は正しい情報を出し、国民的な議論を喚起していくいか、解決の道はないと思います。
草生 亜紀子