「年収103万円」の壁は一部でしかない!「106万円の壁」が浮き彫りにする現行年金制度などの歪み
■ 抜本解決に不可欠な所得のリアルタイム把握 小黒:厚生労働省は去年「年収の壁・支援強化パッケージ」を発表しました。キャリアアップのための助成金(3年間でひとり当たり最大50万円)、社会保険適用促進手当(最大2年間、標準報酬月額が10.4万円以下の人が対象)といった措置が盛り込まれています。一定の効果はあるかもしれませんが、一時的なものであり、本質的な解決策ではないと思います。 ──どうすれば本質的に解決できるのでしょう? 小黒:これは簡単ではありません。税制をどうするのか、公平な税負担のために所得情報を行政がどこまで把握すべきか、行政は国民からその信頼を得られるのか、年金制度のあり方は現状のままで良いのかなど、本当は抜本的に議論しないといけないことばかりです。 これまでは難しい問題を棚上げして、パッチワークのように弥縫策を重ねてきましたが、このままでは限界が来ます。 ──手取りを増やすかどうかといった目先の話ではなく、将来を見据えた国としての全体像を考えなければいけないということですね。 小黒:はい。時代とともに共働きの世帯が増え、アルバイトでかなりの額を稼げる学生もいるなか、配偶者控除や扶養控除なども世帯単位で考えるのではなく、本当は個人単位に変えていくのが良いと思いますが、ハードルは高いです。 ──マイナンバー制度は、個人個人の収入を把握して税の取りこぼしを防ぐために導入された番号制度ではないのですか? 小黒:マイナンバー制度はありますが、日本では税務当局が全国民の収入をすべて捕捉しているわけではありません。現在、個人事業主の所得や確定申告をした情報は国税庁に集まってきますが、例えば、源泉徴収制度において所得が500円以下の場合、その会社員の源泉徴収額などの所得情報は集まらないルールになっています。 それに対して、例えばエストニアでは収入が入る銀行口座はひとりに一つと決まっており、これが個人番号と紐づけられて完全に収入が捕捉されて徴税に活用するほか、本当に困っている人々が誰なのかを的確に把握しながら、現金給付などの再分配にも利用するシステムになっています。 単発の仕事を請け負うギグワーカーや副業収入のある人が日本でも増えていることを考えれば、ミクロデータまで可視化がなされ、行政が全体像を把握し、所得の分布を正確に掴んだ上で税制のあり方や年金の設計を検討すべきです。 ──番号制度というと嫌悪感を持つ人もいます。 小黒:でも、タイムリーな所得情報を行政が把握しなければ、公平な負担と効率的な再分配は実現できません。コロナ禍の時の現金給付も、本来であれば、急激に所得が落ち込んだ人々に限定して給付すべきものでしたが、そうした情報がないため一律給付せざるを得ませんでした。 そもそもデジタル庁の目的は手続きの電子化ではなく、行政サービスや組織全体の構造転換を実施することで、質の高い行政サービスを実現することにありましたが、現状では組織を作っただけで終わってしまっています。