「野球やめます」清原正吾の引退決断ウラ側…恩師への報告は“車の中”だった「方向性が決まりました」密着記者が見たドラフト指名漏れ“その後”
「野球、やめます」。その進路に注目が集まった清原正吾(慶應大4年)。恩師・親友が明かす、決断のウラ側。【全4回の1回目】 【最新写真】「16年前、あんなに小さかった子が…清原和博の引退試合に映っていた清原正吾」「号泣→笑顔…ドラフト後、最後の試合の様子」「モデルの母にそっくり?」清原正吾の貴重写真を一気に見る ◆◆◆ 慶應義塾大学4年の清原正吾が沈黙を破り、野球選手としての“引退”を決めた。指名漏れしたドラフト会議からちょうど1カ月となる11月25日に自身のインスタグラムを更新し、こんな言葉を綴った。 「今後は野球の道ではなく、新たに目標を持ち、社会に出る準備をすることにしました」
清原正吾の涙…記者が見た“引退試合”
ドラフト会議後、正吾の元には今年からイースタン・リーグ、ウエスタン・リーグにそれぞれ参入したオイシックス、くふうハヤテのほか、国内の独立リーグを含む計9球団からオファーが届いていた。だが、慶大監督の堀井哲也が「Number Web」で行った筆者のインタビューに「清原正吾はやめると思う」と話していたように、11月10日に行われた東京六大学リーグ・慶早戦の時点で、正吾の決意は既に固まっていたのだろう。 ライバルの早稲田大学に2連勝した試合後のこと――。 慶大の選手たちは三塁側のスタンドに移動し、応援団員らと肩を組み、「慶應讃歌」や「丘の上」を唄ってっていた。会見を終えて合流した正吾は大団円を迎えた一団のセンターに陣取り、時折、夕暮れの空を見上げながら、声を張り上げていた。 第1戦では右方向への3安打に加え、早大のエース・伊藤樹からレフトスタンドに本塁打を放った。第2戦の最終打席は空振りの三振に終わったものの、目の前でのライバル・早大の胴上げを阻止(結果的に早大は明治大との決定戦に勝利してリーグ制覇)。ゲームセットの瞬間、正吾は大粒の涙を流していた。しかし、早稲田大に勝利した時にだけ流れる特別なカレッジソング「丘の上」を同窓の仲間と唄っている時に涙はなく、大学野球をやり終えた充足感が満面に表れていた。
親友が語る「進路決断ウラ側」
慶應幼稚舎(小学校)時代に軟式の「オール麻布」で野球に励んだ正吾は、両親の離婚や父の薬物騒動などを受けて、慶應普通部(中学校)時代はバレーボール部、慶應高校時代はアメリカンフットボール部に所属した。 一度は野球と距離を置いた正吾が再び白球を手にしたのが大学進学時だった。6年ものブランクと、初めての硬式球への対応に苦しみながらも、4年生となった今年、「4番ファースト」の定位置を確保、秋のリーグ戦では3本塁打を放った。 今年、慶大の体育会野球部の副将を務めた福住勇志にとって、正吾は慶應幼稚舎の同級生で、家族ぐるみの付き合いを続けてきた幼なじみであり、「兄弟のような関係」(本人談)だ。中学は正吾が普通部、福住が中等部とわかれたものの、お互いの家に泊まった翌朝、それぞれの学校に登校したこともあった。そして、慶應高校、慶大商学部でも同じ時間を過ごしてきた。福住は言う。 「お互いの進路について話すタイミングは何度かあったんですけど、彼は大学野球をやりきることが両親への恩返しであり、区切りとして考えていた。もちろん、プロ野球を目指したからこそプロ志望届を出したと思うんですけど、それを出すかどうかという決断からして、彼自身の中でも揺れていた。軽々しくあいつの気持ちを口にすることはできないですけど、もし指名がなければ、野球をやめるつもりなんだろうなとは思っていました。指名されなかったあとに話すと、『ここからはいろんな可能性を探りながら考えていきたい』と。寂しさはありますけど、あいつは自分の決めたことはやり通してきた人間。応援したい」
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