ゲストハウスは「生き方」。だからぶれない──苦境に向き合うオーナーたちの知恵【#コロナとどう暮らす】
今再び願う価値観のシフト
櫻井さんは29歳のとき、世界一周の旅に出た。上海からスタートし、チベットやインドなどのアジア諸国、中東諸国を経てユーラシア大陸を横断。紅海からアフリカ大陸に渡り、東側ルートでスーダン、エチオピア、ケニア、南アフリカなどを旅した。旅は2年10カ月、計24カ国に及んだ。 途中、立ち寄ったジンバブエでのこと。現地で仲良くなった若者に、先祖の魂を降ろす伝統の儀式に連れて行ってもらった。儀式では、ムビラという鉄の鍵盤楽器を指で弾いて演奏する。櫻井さんは、ムビラの演奏に乗って、村人たちと一晩じゅう裸足で踊り明かした。突然やってきた人間を受け入れてくれた村人たちの生き方が、強烈に心に残った。それをきっかけに現地でムビラを習い始め、すっかり魅了された。ムビラ奏者となることを決意して帰国した。 しかし、それだけで生計を立てるのは難しい。ムビラを続けながら、地元の湘南で家族とともに自分らしく生きられる仕事とは何か──。 「アジアやアフリカで出会った人々のように、質素でも、気持ちと時間に余裕があって、地に足が着いた暮らしができないだろうか」 ゲストハウスならそれができるのではないか、そう思い至った。 早朝の寺でのヨガや座禅。朝の静かな材木座海岸や、昔ながらの商店街、路地裏の散策。「音」を聴く町歩き。櫻井さんのムビラ教室……。亀時間が提案するのは、せわしない日常から離れた、ゆったり流れる材木座の「時間」を体験してもらうことだ。 「もともと、お金から時間へと、価値観をシフトしていきたいという願いを込めて宿を始めました。今回、家で内省的な時間を過ごす中で、人と人とのつながりを見直したり、自分らしい時間の使い方に立ち返ったりすればいいなと思います。コロナを軽視するわけではありませんが、ポジティブな側面だってきっとあるはずなんですよ」
緊急事態宣言から始まったシェアハウス
「ゲストハウス」に明確な定義はないが、亀時間のような個人経営の小規模な宿が大半だ。旅館業法では簡易宿所に分類されるものが多い。 ドミトリーがあり、バス・トイレは共用。基本的に素泊まりで、数千円から宿泊できる。共用キッチンで自炊できる宿も少なくなく、オーナーや他の客と手料理を囲むこともある。都市型のゲストハウスでは、近隣の食堂や銭湯の利用を勧めるケースが多い。 共通するのは、オーナーや客同士、地域との交流を重視していることだ。オーナーの人間性や宿の雰囲気に惹かれて人が集まり、商売が成り立っている。 それゆえ、オーナーたちのコロナ禍への対応策もさまざまだ。クラウドファンディングやオンライン宿泊をはじめ、オリジナルグッズや前売り宿泊券、名産品の販売など、いろんなアイデアで苦境を乗り切ろうとしている。 長期滞在者向けにシェアハウス化した宿もいくつかある。観光客の受け入れをやめることで、感染リスクを減らしつつ、収益を絶やさない戦略だ。そのうちの一つが、沖縄県今帰仁村(なきじんそん)の「結家(むすびや)」だ。 テラスからエメラルドグリーンの海を望むロケーション。毎晩行われる賑やかな「おかず交換会」。オーナーの日置結子(ひおき・ゆうこ)さん(47)の人懐っこいキャラクターが、ゲストハウス好きから絶大な支持を得ている。 世界遺産「今帰仁城跡」で知られる今帰仁村の人口は9千数百人。高齢化率は32%を超え、重症化リスクの高い住民も少なくない。日置さんは、「この小さな村で、宿から感染者を出してはいけない」と考えた。 長期滞在者向けのシェアハウスなら、不特定多数の人間が出入りすることなく、毎日の検温などで健康管理もしやすいだろう。約1500坪の敷地を持つ結家は、隔離にも換気にも都合のいい環境だった。 4月9日、緊急事態宣言の2日後に、滞在期間2週間以上のシェアハウスに切り替える旨をブログで告知した。