ただ蛇行するだけでは温まらない? ウォーマーって実際どうなの? タイヤ加熱のイロハを専門家に聞く
2024年のスーパーGTは、台風接近に伴う日程変更により、9月1日に鈴鹿サーキットで予定されていたシリーズ第5戦が12月開催にずれ込んだ。冬のレース開催ということもあり、やはり話題となったのはタイヤのウォームアップ。結局は実現せずに終わったが、普段は禁止されているタイヤウォーマーの使用を解禁することも議論された。 【ギャラリー】人が……乗ってないだと!? スーパーフォーミュラを使った自律走行レース『A2RL』が鈴鹿でテスト ではそもそも、なぜタイヤを温める必要があって、なぜ冬場はそれが特に神経質になるのか? スーパーGTに参戦するタイヤメーカーの中から、今回は横浜ゴムのモータースポーツタイヤ開発部部長 斉藤英司氏、そして日本ミシュランタイヤのモータースポーツダイレクター小田島広明氏の両名に話を聞いた。 ■レース用タイヤはなぜ温めが必要? まず前提として「モータースポーツ用のタイヤというのは、一定の範囲のコンディションで性能が発揮できるように設計されたタイヤです」と解説するのはミシュラン小田島氏。一般の乗用車に装着されているタイヤは、様々な気候、路面、車種を相手にする……つまりコンディションに依存しないタイヤ開発が求められるが、モータースポーツの場合はレースの開催時期もある程度限られている上、サーキットレースであれば走るのはアスファルト路面のみで、それに使う車両、走るサーキットも事前に決まっている。雨が降った場合には、レインタイヤに交換することができる。しかも1セットで何万kmも走る街乗り乗用車のタイヤと違い、レース用タイヤだと走ってせいぜい数百kmといったところか。 つまりレース用タイヤは一般車用タイヤと比べると、ある種“尖った”開発ができると言える。スーパーGTのようにマルチメイクのタイヤ開発競争が行なわれていて複数スペックのタイヤを持ち込めるカテゴリーであれば尚更、想定コンディションの幅も狭まっていくと言える(最近のスーパーGTは持ち込みセット数が減らされワイドレンジ化が進んではいるが)。 そんなレース用タイヤは、適切な性能を発揮できる温度の領域が、市販車用タイヤよりも狭く設計されている。「レーシングタイヤの性能を発揮できるパラメータに関しては、少なくとも温度に関しては少し高いところにあります。そのギャップは80度から100度付近になっています」と小田島氏は説明する。だからこそタイヤをその温度領域まで温める必要があり、気温・路面温度が低い冬場は、夏場よりもその領域に到達するまでの“道のり”が遠いため、より大変なのだ。 また、タイヤの温度によるグリップの違いは、実は街乗りの一般車でも感じ取ることができるのだと説明するのはヨコハマの斉藤氏。「強くは体感しないですが、路面温度が低い冬は、温度が上がっている時と比べるとグリップしていないです。急激に温度が変わった状態でハンドル操作をしないから違いが分からないだけで、意識をすれば分かるかもしれないです」とのことだ。 ■タイヤはどうすれば温まる? では、それらのタイヤを適正な温度まで温めるにはどうしたらいいのか? これは、一部カテゴリーで使われているタイヤウォーマーの使用を除けば、基本的には“走って温める”しかないと言える。走行によって生まれる運動エネルギーが熱に変わるのだ。 そのタイヤの発熱を司る要素については、「1番大きいのは摩擦。それにタイヤの構造を含めたデフォメーション(変形)で発生するエネルギーを熱に変えるというのもありますし、あとは熱源としてはブレーキ熱というのも一部ありますが、やはり摩擦が1番ですね(ミシュラン小田島氏)」とのことだ。 当然、マシンが普通に走行するだけでも摩擦や変形は起こるため、タイヤは自然と温まっていく。しかしアウトラップやフォーメーションラップといったタイヤが冷えている場面では、タイヤを少しでも早く温めようと蛇行して走るマシンをよく見るだろう。これは『ウィービング』と呼ばれる。 しかし、単にマシンを左右に動かすだけではいけないのだという。 「ウィービングも、間違ったウィービング……例えば、単に素早く車を動かしただけで、表面だけざらざら滑らせていると、グレイニングのきっかけになります(ミシュラン小田島氏)」 グレイニングとは、タイヤの表面がささくれ立ってしまい、接地面積が減りグリップが減少してしまうことを指す。路面と接地しているゴムの表面だけが熱を持ち、ゴムの内部までしっかり熱が入っていないことが、このグレイニングが発生する原因だという。これは低温コンディションのレースで起きがちな症状だ。 「そういう(ゴムの表面だけが温まり、内部が温まっていない)状態だと、ゴムが均質に摩耗していこうとしないので、それがグレイニングに繋がります。ゴムに温度が高いところと低いところがあると、変形の仕方のバランスが悪くなってしまい、ある場所のゴムだけシュパシュパ削れてしまったり、そういうことが起きます(ヨコハマ斉藤氏)」 グレイニングのようなタイヤのトラブルを回避するためにはゴムの内部までしっかりと温める必要があるのだが、そのためにはしっかりと荷重をかけてゴムを“揉む”ように走らせる工夫が必要だという。つまるところ、ドライバーのスキルも重要なのだ。 「ウィービングで1番やらないといけないのは、荷重を少し乗せて、トルクも適切にかけて、揉むことです。それによって摩擦とデフォメーションによるエネルギーが発生するので、それで温度を上げてあげる……厳密にはタイヤ内部の空気の温度を上げてあげるということが大事です(ミシュラン小田島氏)」 「例えば針金を何回も折り曲げると、中の分子が摩擦というか変形をして、熱を持つんですね。それを繰り返して針金がプチッと切れた時に離れた部分を触ると、火傷するほどではないですが熱いです。個体は揉まれると発熱するんですよ(ヨコハマ斉藤氏)」 またタイヤの前後でも温まりやすさは異なる。レーシングカーは基本的にリヤ駆動となっているため、リヤタイヤには駆動力が伝わり温めやすい。一方でフロントタイヤはブレーキを活用しながら、フロントへの荷重移動や制動トルクを通して熱を入れる必要がある。 ■12月開催で話題となったタイヤウォーマー 前述の通り、スーパーGTでは鈴鹿戦が冬の開催になったことで、普段使用が許可されていないタイヤウォーマーを解禁すべきかが検討された。ただ、最終的には解禁されなかった。チーム間でウォーマーの有無や設備の差などもあるため、公平性を担保できないという点も大きな理由だったという。 タイヤウォーマーというと、F1ファンにはお馴染みのブランケット型を想像する方が多いかもしれない。しかし日本のトップカテゴリーに参戦しているチームが持っているウォーマー設備は、その多くがテントの中にタイヤを入れてジェットヒーターの熱風を送り込むという簡易的なもの。ブランケット型と比べると、加熱ムラに気を遣ったりと管理が難しい側面がある。 ヨコハマ斉藤氏は次のように語る。 「我々がファンヒーターで暖を取るか、電気毛布にくるまって暖を取るかの違いと同じようなものですよね」 「(タイヤを入れる)ボックス内の温度を上も下も右も左も全部同じ温度、例えば70度にできれば、しっかりと均質に温まりますが、ジェットヒーターだと加熱ムラができてしまう場合があります。ボックスの中でも、風が直接当たる部分の温度は上がるけど、その裏側は暖かい風が当たっていないだとか。温まっているタイヤと温まっていないタイヤがあるとなったら、それはえらい騒ぎですよね」 そのため、もしウォーマーが使えるとなれば管理のしやすいブランケット型を使いたいところだが、簡単に手を出せる金額ではないという。ただ、レースに勝つためにはそれでも買ってしまうのがレーシングチームの性……イレギュラーな12月開催となった鈴鹿戦のたった1戦のために、異常なコストがかかってしまうという懸念もあった。 ミシュラン小田島氏は、タイヤウォーマーは低温域でのタイヤの発動に関して「タイヤの技術でかばいきれなかった」時代に生まれた技術であり、タイヤの技術が進歩した今日においては環境保護やコスト削減のために廃止の流れになっているのだと説明する。また鈴鹿戦はそのタイヤウォーマーなしで迎えるレースとなるが、タイヤメーカーの実力だけでなく、ドライバーの腕も試されるレースになるだろうと語った。 「当然適切なタイヤの使用ウインドウに入れるという作業こそ必要になりますが、12月にもタイヤメーカーテストをやっている中で、全く走れないような状況ではないというのは各社知っています」 「温まりのウインドウから外れているところにいるので、そこにうまく入れられないドライバーもおそらく出てくるでしょう。それによってタイヤを壊しちゃって、早めにデグラデーション(性能劣化)が始まっちゃうとか、思ったようなバランスにならないとか、そういうことはあると思います」 「ただ、それもレース戦略のひとつというか、レースの中で起こりうる機械的な変化のひとつだと私は思います」
戎井健一郎