【大人の群馬旅】前橋で見つけた極上のパン
豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在。そんな“ローカルトレジャー”を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探す。近年アートの街としても注目が集まる群馬県前橋市。旅人の心まで照らすようなパンを紹介 【写真】群馬旅で見つけたパンと地元産チーズ
順番待ちの合間にも目が迷子になるほど、いずれもそそられる「クロフトベーカリー」のパン
《BUY》「クロフトベーカリー」 食卓の景色を紡ぐ、極上な“未完”のパン
未知なる土地を訪れ、そこに生きる人と同じ様に街角でパンを買うことで何かを感じたい。そんな気持ちで、ローカルトレジャーを探す旅を続けている。今回、出合った“街角のパン”は、市街地から少し離れた住宅地に看板を掲げる「クロフトベーカリー」にて。「この土地でしか作れないパンを焼きたい」。そう語る店主の久保田英史さんの理想は、「何かに寄りかからないと美味しくならないパン」だという。 果たして、その言葉の背景にはどんな思いが込められているのか。
パンに目覚めたのは高校時代。祖父の家を訪ねた夏休みに、軽井沢の「浅野屋」でフランス人のパン職人が焼くバゲットの美味しさに衝撃を受けたことが序章となる。進学で上京すると、未知のパン処巡りが加速。大学4年を迎えると、薪燃料をテーマとした卒業論文の調査のために、夏休みを利用して長野県乗鞍高原の薪窯のあるパン店に住み込みで働いた。就職は、パンに陶酔するきっかけとなった「浅野屋」へ。その後、大阪のグランメゾンのパン部門で鍛錬を積み渡米。ロサンゼルスの「Boule Atelier」や「Comme Ca Bakery」でシェフベーカーを務める。帰国後は群馬県内で石窯を手がける「増田煉瓦」と縁があり、窯を使う立場から石窯に適したパンを提案。数々の経験を重ね、技術と広い視野を培い、2012年12月に自らの「クロフトベーカリー」を構えた。
たとえば、ヨーロッパには酸味の強いパンもあれば、どうにもこうにも硬いパンもある。前者はワインやシーフード料理をはじめ、個性の強いチーズと美味しさの相乗効果を生み出す。後者はオーリーブイオイルをたっぷりつけることで、しっとりとした凝縮感が楽しめる。一見デメリットのように感じる部分を補うように、料理との組み合わせで想像力が膨らむパンの在り方を、久保田さんは“何かに寄りかからないと美味しくならないパン”と表現。 食卓の瞬間をできるだけ細やかなメッシュで捉え、パン単体ではパーフェクトにならない“未完”の状態こそが、食文化の一環を担うパンの理想の姿と考えている。「食事のメニューを決め、それに合うパンを買いに来た人と、短い言葉を交わして、笑顔で帰ってもらう。生活の一部になるような街に溶け込むパン屋でありたい」。オープン当初に掲げた気持ちは、10年を経た今も変わらない。