東京マラソンは「作られたレースではない」 伴走者は30キロまで…“選手主体”の大会ポリシー
2025大会からは新しい試みとして「ノンバイナリー」部門が新設
今後、他のマラソン大会とどう差別化を図っていくのか。大嶋氏は「シカゴやベルリンといった大会は『記録が出るレース』と認識されていますが、ワールドマラソンメジャーズのエリートポイント制度で現在の暫定世界1位は、男子も女子も東京マラソンで優勝した選手なんです」と大会の意義を語る。 エリートポイント制度とは、エリートランナーを対象にしたポイントランキングシステム。年間を通じ、指定されたアボット・ワールドマラソンメジャーズにおける成績に基づいてポイントを獲得、その合計により年間ランキングが決まる。シーズン終了時に最も多くのポイントを獲得した選手が栄誉を称えられるという制度だ。東京マラソンの優勝者が世界ランク1位というのは、大会に箔をつける上でも重要な要素となる。 さらに「東京マラソンは他のレースとは異なり、“作られたレース”ではない」と大嶋氏。「これは批判ではなく、それぞれの大会の方針の違いによるものですが、シカゴやベルリンでは記録を狙うため、ペースメーカーがフィニッシュ間近まで伴走するようなレース運営がされています。一方、東京マラソンでは、ペースメーカーは30キロ以上は伴走しないポリシーを採用していますが、それにもかかわらず、男子で2時間2分台、女子で2時間16分台といった高速記録が誕生しています」と他のレースにはない特徴を語る。 ペースメーカーとは、出場選手に目安となる走行ペースを教える役割を果たすランナーのこと。ペースメーカーが一定のスピードを保つことで、選手はリズムを崩さずに走ることが可能となるが、東京マラソンではペースメーカーの伴走を30キロ地点までと定めており、その後のレース展開は選手自身の判断とペースに委ねられている。近年では選手の意欲や自主的なペース戦略によって高い記録が生まれることが証明されており、東京マラソン独自の魅力としてこの方針はを引き継がれていくという。 今年10月に行われたシカゴマラソンでは、ケニア代表のルース・チェプンゲティッチが女子で2時間9分台という驚異的な世界新記録を樹立した。大嶋氏は「将来的にはそのレベルにも挑戦し、記録が出る大会に育てていきたいと考えています。東京マラソンは選手たちが主体となり、そこで生まれる記録にこそ価値があるレースだと思っています。これからもエキサイティングなレースを継続したいと考えています」と今後の展望を吐露。大会全体のレベル向上のため、コースマップについても「記録が出やすくなるよう、改善したい箇所がいくつかある」と改善を視野に慎重に取り組んでいく姿勢を示している。 2025年大会からは新しい試みとして「ノンバイナリー」部門が新設される。ノンバイナリーとは、自身の性自認・性表現に「男性」「女性」といった枠組みをあてはめようとしないセクシュアリティのことで、今後は男性や女性といった枠組みに捉われない新たなレースの形を模索していく。 「諸外国に比べて、日本はLGBTQに関して遅れている印象があります。『東京はどうするんだ、いい加減にしろ』という声が積年にわたって上がっていましたが、これまで決断に至らなかった理由として、スポーツ庁や日本陸連のルールに基づいて対応する必要があり、時期尚早とされてきた経緯がある。しかし、メジャー6大会の中でノンバイナリーの人々から『私は出場できない』『東京だけが対応していない』という声が上がり、あらゆる人が参加できる環境を整えることが大前提だと考え、ノンバイナリー部門を設けることにしました」と早野理事長。 具体的な運営に関しては「ノンバイナリー部門で性別を変更して順位づけを行うことは、本人だけでなく周囲にも混乱を招く可能性があります。そのため、ノンバイナリー部門では、ノンバイナリーの人々同士で順位をつける形にすることが適切だという結論に至りました」と説明する。 10万円以上の寄付金で出走権を得ることができる「チャリティランナー」部門にも賛否がある。早野理事長は「一部で『プレミアムチケット』と揶揄されることもある」と明かしつつ、「でも、人を助けることの気持ち良さってありますよね。例えば、おばあちゃんが信号を渡れない時に手を引いて『ありがとう』と言われると、悪い気はしません。東京マラソンのコンセプトは『走る喜び』。走ることが好きな人、ボランティアやパートナーの支え、さまざまな形での支援があり、それぞれがその活動に誇りを持てることが大切です」。寄付金は、財団が審査した寄付先団体の事業で有効に運用されフレキシブルでオープンな仕組みである点を強調する。 25大会の寄付金及びチャリティランナー募集では、過去最高額となる11億6860万9562円の寄付金が集まった。「海外と比べるとまだまだですが、日本でもチャリティー文化は確実に根付いてきています。子どもたちから『ありがとう』と書かれた手紙が届いたり、オリンピック選手の支援や、英語を学ぶための資金としてチャリティが役立ったりする場面もあります」。チャリティーも東京マラソンの大切な文化として育てていくつもりだ。 東京マラソンは27年に20周年を迎える。大嶋氏はあらためて「日本国内でこれほど社会に浸透した組織やイベントは他にないのではないかと思います。大好きな陸上競技で、東京マラソンを通して世界記録を達成し、『すごいな』と思っていただけるようなレースを提供したい。一般の参加者の方々にも楽しんでいただき、誇りを感じてもらえるマラソンであると同時に、エリートランナーの方々にも『東京マラソンこそが世界一』と自信を持って参加していただけるような、両方の面で充実したレースをつくりたいと思っています」と今後の大会運営に力を込めた。 ■早野忠昭(はやの・ただあき)1958年4月4日、長崎県出身。2006年、東京マラソン事務局広報部部長。10年7月、東京マラソン財団事務局長。12年4月、東京マラソン財団事業局長、レースディレクターに就任。13年4月、東京マラソン財団事業担当局長、レースディレクター。17年2月、国際陸連(現・世界陸連)ロードランニングコミッション委員就任(~2020)。18年4月、(公財)日本陸上競技連盟総務企画委員、ロードランニングコミッションプロジェクトメンバー就任。18年11月、JAAF RunLink チーフオフィサー就任。23年9月、一般財団法人東京マラソン財団の理事長に就任した。 ■大嶋康弘(おおしま・やすひろ)1969年10月11日、福井県出身。2003年4月、株式会社ニシ・スポーツ 海外事業部 担当部長。05年7月、日本陸上競技連盟 事業部 部長。15年4月、公益財団法人日本オリンピック委員会 マーケティング委員会委員(~2021)。21年4月、日本大学 スポーツ科学部 競技スポーツ学科 教授。23年9月、一般財団法人東京マラソン財団 アシスタントレースディレクターに就任。
幸田彩華