【社説】車の危険運転 社会常識に沿う法改正を
運転の悪質さに見合った処罰ができる仕組みに変え、悲惨な事故をなくしていかねばならない。 猛スピードや飲酒運転などの自動車事故を想定した危険運転致死傷罪は、規定が曖昧で適用が狭められているとの批判が根強い。 法務省の有識者検討会は適用要件の見直しを議論し、報告書をまとめた。数値基準の導入などを提言している。 危険運転致死傷罪は2001年に刑法に新設され、14年施行の自動車運転処罰法に取り込まれた。1999年、東名高速道路で乗用車が飲酒運転のトラックに追突されて炎上し、女児2人が死亡した事故がきっかけとなった。 車の死傷事故は不注意などが原因の「過失犯」と捉えてきた考え方を改め、危険で悪質な運転を「故意犯」と位置付けた。法定刑の上限が懲役7年の過失運転致死傷罪に比べ、危険運転致死傷罪は20年と厳罰化した。 ただ適用要件はあまりに抽象的だ。飲酒について「正常な運転が困難な状態」、速度について「進行の制御が困難な高速度」としている。 捜査機関が立証するのは難しく、過失運転致死傷罪にとどまる事例が多い。いったん過失運転で起訴された後、遺族らの署名活動などにより危険運転に訴因変更される事例が相次いでいる状況は見過ごせない。 大分市内で2021年に起きた事故も当初は過失運転と見なされた。一般道を時速194キロで運転し、右折車と衝突して男性を死亡させた男に対する判決で、大分地裁は法定速度の3倍超を「常軌を逸した高速度」と断じ、危険運転を適用した。 公判で男はスピードを出す理由について「エンジン音やマフラー音、加速する感覚を楽しんでいた」などと述べた。遺族が「うっかり起きた過失と一緒にされたら困る」と憤るのは当然だ。 報告書は数値基準を設けるよう明記した。速度については法定速度の「2倍や1・5倍」を例示した。飲酒については、個人差や心身の状況にかかわらず一律の設定が必要として、血中アルコール濃度などを候補とした。 検討会では一律の基準に慎重な意見もあった。事故の責任の重さは事例によって異なる、との意見は理解できる。 とはいえ多くの人が納得できる仕組みとなるには、分かりやすい一定の基準は不可欠だろう。基準に達していなくても運転技術の個人差、道路状況などによっては危険な運転となり得る。基準を設けつつ、柔軟に対応できるようにしておくことも必要だ。 今後は法改正に向け、法制審議会で協議される。社会常識にかなう要件になるよう議論を深めてもらいたい。 厳罰化だけでは悪質運転による事故は防げない。ドライバーの安全意識の向上など運転教育の充実も、同時に図らなければならない。
西日本新聞