木村多江、出演機会が減る年齢を見据え自身をプレゼン、初挑戦の役を増やし50代の俳優人生に活路を見い出す
ふと気づいたら、木村多江はテレビや映画に欠かせない俳優として存在していた。映画では作品ごとに違った顔を見せ、テレビでは、ドラマはもちろんのこと、NHK教養番組ではナレーションやナビゲーターを務め、『LIFE~人生に捧げるコント~』などではコメディエンヌとしての才能を発揮。最新作のドラマ『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』では、小学6年生の息子を持つ、大阪の“お母ちゃん”を演じる彼女には、何度もCHANGEの瞬間が訪れたという──。【第5回/全5回】 ■【画像】『忍びの家 House of Ninjas』にて、忍びに扮(ふん)する木村多江さんの貴重なショット 数々のCHANGEを経て、現在は、ドラマや映画、教養番組、バラエティ番組にと引っ張りだこの木村多江だが、40代に入ったころから、50代に向けての準備を重ねていたという。 「40代は50代へのプレゼンだと思って、お仕事をしていました。なぜなら、先輩たちがご苦労されているのを目の当たりにしていたから。女優の場合、50代が大きなハードルなんです。40代は、お母さん役もあれば、会社のお局様の役もあれば、恋愛ものもできる。ところが50代に入ると、そういう役がなくなるんです。数少ない役。そしてこの世代の女優さんはたくさんいるから、倍率が高い」 仕事がなくなるかもしれないという不安。そこで彼女が取ったのは、自分ができることをさまざまな方向からプレゼンするという作戦だった。 「わたしは(役者になった)始めのころは幸薄い役が多かったけど、徐々に、幸薄いなりに報復とかして生き延びられる役ができるようになった(笑)。この路線を変えるためには、これまでやったことがないキャラクターをやるしかないと思ったんです。ですから、同じようなキャラクターが続かないようにし、必ずいままでとは違うタイプの役をお受けしよう、と」 その一環が、『LIFE~人生に捧げるコント~』(NHK)でのコメディエンヌぶりや、『チコちゃんに叱られる!』(NHK)の一人芝居シリーズなのだろうか? 「コントは、ずっとやりたかったんです。おもしろいことをやるのは大好きですね。小学生のころ、伯母が長い期間入院していて、弟と漫才をして笑わせていたんです。笑うって、すごく発散できますよね。つらいことがあっても、笑ったら元気が出る。ですから、わたしが何かをすることで誰かが笑ってくれるのは、とても幸せなことなんです」