伊藤比呂美「靴下の中で、足には老いが溜まってるように見えた」
昔は、足の指毛も、丹念に剃ったものだ。でももうそんなことをする必要がない。くり返しますが、人に見せないし、何より毛が生えてこない。 あたしがさかんに腋毛の処理をしていた頃、母が「年取ったら腋毛が生えなくなっちゃったのよ」とふとつぶやいて、この女、信じ難いことを言うと思いながら聞いていたが、今はあたしがその身の上だ。 指のささくれを手当てしながら考えた。指の状態は目に見えるが、足は、むくつけき有様を靴下で隠している。 夫の足の爪はあたしが切った。父の爪はヘルパーさんが切ってくれた。あたしはまだかがめるし、まだ自分で足の爪を切れる。切れるけど、いつも深爪して、痛いと思いながら放置する。小指の爪はひしゃげている。靴下の中で、足は、ささくれだらけの手よりも、身体のどこよりも、老いが溜まってるように見える。 母の巻き爪や夫の肥厚爪なら、専門家がいる。皮膚科でもやってるし、巻き爪の補正店もあった。でもそれは、病的な進行を遂げた爪を持ってからの出会いだと思う。あたしはまだ巻き爪でも肥厚爪でもないのである。まだズンバもできるし、東京にも行ける。ただ一人暮らしで、爪を切ってくれる人がいないというだけ。 てな話を、同世代の友人たちとしていたとき、マラソンやって生爪が剥げちゃったという友人が「近所のネイルサロンのフットケアに行ってみたら、すごくよかった」と教えてくれた。あたしはすぐさま予約を入れた。熊本の郊外で、個人でやってるネイルサロン。足の角質ケアのコースが6000円。
ネイリストは皮膚の知識のものすごく豊富な人で、聞けば何でも答えてくれた。足のケアをしてもらいながら、その道のマスターと質疑応答しまくった1時間半。あたしはこういうプロ根性のすごいマスターにクラクラっとなっちゃうのである。ズンバの先生もそうだったし、バレエの先生もそうだった。 子(ネイリスト)ノタマワク。 「爪って死んだ組織なんですよね。髪なんかと同じ。呼吸してない。死んだ組織だから乾燥するんです」 「健康な爪は柔軟性があり、よくたわんで折れません」 「爪噛みとささくれはセットなんです。唾液がつくと乾燥するのが早い」 「爪切りは時々買い換えて。刃先がまっすぐなのがいい。百均の安いのでも、古いのよりはいい。根元に対してまっすぐ切ってやるといいんですよ」 「かかとはね。こすって全部取っちゃおうとするのはよくないですよ。硬くなるのは皮膚の防衛本能で、身体には必要なんですから。軽石じゃなく、かかと専用のヤスリを」 「水分と油分を自然に補えていた子どもの頃とは違う。手にもハンドクリームを。足にもハンドクリームを。爪にもハンドクリームを。全身にも保湿のローションを」 「水仕事するときには必ず手袋を。洗剤が乾燥を進めるから」 「ハンドクリームは、続きもしない高い化粧品より、ヘパリン類似物質入りの医薬部外品を(おすすめされたのはコーセーのカルテというハンドクリーム)」 子(ネイリスト)ノタマワク。まだいっぱいある……。