俵万智さんと飯間浩明さんが語り合う、辞書と短歌と変わる日本語。
飯間 うれしいです。こんなふうに議論になりそうなところに手をかけて作ったつもりです。多くの人は、従来の辞書には大したことが書いていないと思って、ネットで調べることが普通ですね。でも、私たちが提供できる情報はけっこうあるはずです。「辞書は役に立つんや」というところを見せたいです。 俵 しかもこの数行をここにカチッと書くに至るための背景、調べたり確認したりの量たるや、シロウトが思いつきでSNSなんかに書き込むのとは、もう重みが違います。そういえば、飯間さんは牧野富太郎博士があらゆる草花を採集するように、言葉を採集してらっしゃるんですよね。〈顔カプ〉ってご存じでしたか。 飯間 『大限界』にありましたね。 俵 顔がいいキャラクターだけをカップリングしてそれで二次創作をすることらしいです。そのほか、私はホストやアイドルなど若い人たちと歌会をしていることもあって、業界用語やオタクのマイ言語空間で知る言葉も、本当に面白いです。
懐かしい言葉たちは読者に向けたウィンク。
飯間 今回、最新歌集の『アボカドの種』をご恵送いただきました。実は自分でも買いましたので、保存用と読む用にします(笑)。拝読しながら、言葉の採集というわけではないんですが、〈東急ハンズ〉〈花いちもんめ〉など『サラダ記念日』に出てきた言葉を見つけて、懐かしくなりました。この前の歌集『未来のサイズ』では〈サーフボード〉が使われていますね。ここでも第1歌集の言葉を連想しました。
俵 それはやはり長く読んでくださっている読者に向けたウィンクというか、「これ、わかりますか」というメッセージですね。自分でも、当時と同じ語彙を使って違う人生の局面が書けたら面白いな、と思ったのもあります。 飯間 俵さんの歌にはこれまで、パソコン通信や携帯電話、ZOOMといったコミュニケーションツールも詠まれています。言葉だけでつながる頼りなさが詠まれた歌には、特に共感を覚えます。辞書の仕事をしていても、言葉って本当に伝わらないと思うんですよ。 俵 実生活の小さなコミュニティ内で出会うのと違い、インターネット空間ではむしろ言葉だけでやり取りする場面が多い。言葉が命綱になっているわけです。逆に言えば、言葉で失敗したら相手との関係がマイナスになってしまう。そういう時代だからこそ、より言葉の力をつける必要があるし、大切に考える人が増えていくかもしれませんね。