〈総選挙 私はこう見る〉「『安倍晋三 2.0』 ── 戦略的解散の成功と憂鬱」 逢坂巌
安倍晋三 2.0
帰ってきた男は逞しくなっていた。 先月14日、首相官邸で解散の記者会見に臨んだ安倍首相に、まさにその場所で2625日前に晒したイメージを重ねる者は誰もいなくなっていた。痩せた身体をダブダブのスーツに包み、丁寧に撫で付けた7・3分けの髪型で、どこが不安げに「本日、総理の職を辞することを決めました」と切り出した、あのイメージ。マスメディア、そして全国民の驚きと、嘲笑・軽侮を引き出したあのイメージのことだ。 おそらく安倍晋三は、世界中の誰よりも現代のメディア政治を体感した人物である。20世紀末から欧米をはじめとする先進デモクラシーの世界では、政治のメディア化(mediatization)が進行中だ(※1) 。これは、政治に対してメディアの影響力が大きくなっていることを意味し、特にメディアの論理(media logic)が政治の論理(political logic)を浸食している状況を指す。 日本においても、この政治のメディア化が進行したのは、読者のご存知の通り。我々は安倍・福田・麻生という3人の「おぼっちゃん」総理たちを、空気が読めない「KY」総理などと渾名し、マスメディアの嘲りとともに葬り去ってきた。なかでも、安倍氏は元祖KYであり、国民が経済を心配しているのに憲法改正をやろうとしているとか、マイナスの意味でキャラ立った大臣(故松岡利勝氏や赤城宗徳氏)を守り通そうとしたことなどが批判され、その弱々しさやおぼっちゃまぶりのみならず、果ては「お腹が痛くなったから辞める総理w」、「ゲリピー総理」などとインターネット上でも徹底的にからかわれて、いわば「一億総軽蔑」のなかで退陣していったのである。 しかし、それから7年後、同じ場所で衆議院の解散を宣言する安倍は、全く違ったキャラになっていた。「安倍晋三 2.0」である。
チーム安倍のリベンジ
安倍首相の「新キャラ」づくり。面白いのは、それをサポートしている官邸の広報回りのスタッフを、第1次安倍政権、あの屈辱を共にした昔の部下たちが支えていることである。政治家では、ボストン大学大学院で企業広報を学び、第1次政権で広報担当の首相補佐官だった世耕弘成が官房副長官として再び官邸入りし、今回の選挙では自民党の「コミュニケーション戦略会議」でも活躍しているという(※2) 。また、政治家以外では、第1次政権で首相秘書官として広報を担当した経産省の今井尚哉氏が政務秘書官として官邸にカムバック。かつての部下をスピーチライターとして引き連れて「安倍晋三 2.0」を支えている。 再結集した彼らはどのような思いでいるのか? おそらくは、プライド高き彼らにとって第1次政権での政権広報の失敗は安倍首相本人と同じく、堪え難い屈辱として胸中に刻まれたのではないか。「安倍晋三 2.0」は、政権を葬り去ったマスメディアと世論・大衆への「チーム安倍」による復讐劇とも見て取れる。 実際、彼らは良い結果を残している。「ゲリピー総理」は、「保守的で経済重視、海外を飛び回る頼もしい首相」とキャラを変え、「大義なき解散」は「アベノミクス選挙」になり、300議席超えをうかがっている。