推し活盛況の背景に承認欲求疲れ 夢を託すことでも心は満たされる
「推し活を始めてから悩まなくなりました」と語るのは、韓流アイドル推しのhiiさん(22)。推し活が高じてハンドメイド作家になり、現在はインフルエンサーとしても活動している。推し活歴は4年ほど。それまでは緩くK-POPが好きだったが、高校卒業後すぐに友人から教えてもらった韓国の8人組ボーイズグループ「Stray Kids(ストレイキッズ)」の曲にハマり、気が付けばメンバーの中でも端正な顔立ちやダンスパフォーマンスに定評のあるヒョンジンのファンとして「推し活」を始めていた。 高校時代は落ち込みやすくネガティブな性格だったが、月に3度は推し活カフェに出かけ、推し活に10万円投資する月もあるという。家族からは「性格が明るくなった」と言われるまでに変化した。 「ヒョンジンはクールでかっこいいのに心が繊細。そのギャップに一気にハマりました。推し活をしていると楽しくて、自分の容姿や体形のことなど、昔はいちいち気にしていたようなことも『しょうもない』と思えるようになったんです」(hiiさん) もともと服飾系の学校に通っていたこともあり、自分で布やレース、シリコンシーラント(目地の補修材)を購入し、トレーディングカードを入れるトレカケースを制作したところ評判となった。SNSに掲載するとさらに拡散され、「自分の分も作ってほしい」と依頼を受けるように。数が増えてきたため22年8月からネットショップを立ち上げてハンドメイドグッズの販売を始めた。 「推しが活躍してくれたらうれしいし、彼らを応援していると、彼らの成長と一緒に自分の成長も感じることができる。10代から30代まで幅広い年代の友達もでき、今となっては人生になくてはならない存在になっています」(hiiさん) ●「承認欲求」の時代から「所属欲求」の時代へ 承認欲求とは、人間のモチベーションについて研究した米国の心理学者、アブラハム・マズローの提唱した「欲求段階説」に基づいている。5段階に分けられた欲求段階ピラミッドはさまざまなシーンで引用されている。 この中で「承認の欲求」は「所属と愛の欲求」の上、「自己実現の欲求」の下に位置する下から4段階目の欲求である。「推し活」が台頭する前、「いいね」数やリポスト数、フォロワー数にこだわる人々が増えたときにこの承認欲求は大きな話題を呼んだ。 一方、「推し活」は、社会的欲求の一つとして説明できる、と熊代氏は言う 「社会的欲求の一つに、所属欲求があります。みんなで同じ方向を向いていたい、仲間意識を持ちたいといった感情で、そのシンボルとして『推し』がいる、という構造です」(熊代氏) 他人からポジティブな感情で自分に注目・称賛をもらいたい、という欲求が「承認の欲求」だとすれば、ポジティブな感情で「推し」に注目・称賛を送りたいという欲求が「所属と愛の欲求」である。矢印が向かう方向は真逆だが、どちらも「他人を必要とする」という点は共通している。 「人間は1人で生きていくのが難しい社会的生き物です。自分のことを褒めてくれたり認めてくれたりする人がいる、あるいは自分がリスペクトしたり憧れたりできるような人がいることで、何となく気持ちが満たされていく。それは他人を通じて自分の輪郭を理解する、理解したいという欲求でもあります」(熊代氏) 昔は村一番の将棋上手な少年は「自分は将棋が強い」という自負を持ち、周囲からも称賛されて明確な自己の輪郭を形づくることができた。ところが今は世界一、日本一の棋士たちの勝負や試合を簡単に見ることができる時代である。将棋が多少うまくても世界ランキングにすれば数十万位以下、となれば、周囲も自分も「将棋が強い」という輪郭が浮かびづらい。 コミュニティーの大小だけなく、付き合いの濃淡もある。昔の地域社会は良くも悪くも人付き合いが盛んで、好き嫌いはさておき濃厚な人間関係を形成していく必要があった。「お前はこういうやつだよね」と言われることも多く、「自分はこういう人間だ」と認識することは比較的容易だったといえる。一方で現代社会における人間関係は希薄であり、SNS上の人間関係に至っては簡単に音信不通になり「存在ごと消える」ことさえ可能な世界である。自分の輪郭も他人の輪郭も曖昧である、といえる。 そこに「推し」なる存在が現れた。夢を託す存在であり、「かわいい」あるいは「かっこいい」、自分にとっての理想の対象で、それが自分の輪郭を補強する材料となるのだ。これを心理学者ハインツ・コフートの言葉で「自己対象」と呼ぶ。