韓国大騒動の風よけ? ロッテ移籍のウラ事情 ソウルの産業銀行跡地売却、国会で追及 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<23>
《巨人に移籍して4年目(昭和54年)、突然襲った左目の異常。6月27日に登録抹消、約2カ月後の8月21日に1軍登録されたが…》 【写真】記念写真に納まる張本勲さん、王貞治さん、原辰徳さん、巨人の阿部慎之助監督、ソフトバンクの小久保裕紀監督 5月の遠征帰りの飛行機の中で異変を感じたんです。「中心性網膜炎」という病気です(※正式には『中心性漿液(しょうえき)性脈絡網膜症』。ストレスなどが原因とされる)。目は野球選手にとって命です。眼科の最高権威という順天堂大学順天堂医院(東京・本郷)の先生に診てもらったら原因がわからず、治しようがないという。途方にくれました。たまたまうちのマンションに住んでいた眼科医の先生が「野球ができるまでオレが治してやる」と言ってくれてね。 千葉の津田沼で小さな眼科医をやっていた。毎日通いましたよ。毎日通わなくてもいいんですが、とにかく治したくて、わらにもすがる気持ちでした。2階の診療所はちょっと暗くしてあり音楽が流れていた。そこで検査、治療をする。眼球の黒い部分がある。一番悪いのは、その中心に水ぶくれができる。横はちょっと見えるが、真ん中がぼやけて見えない。 私のは(水ぶくれが)その黒い部分にちょっとかかっていると聞きました。角度によっては見えない。見えても真っすぐの線がゆがんで見える。だからボールが追えない。0・1まで落ちた視力ですが、治療のおかげで0・7まで回復しました。ボールが見える。ボールを追えるようになった。復帰して再び野球をやり始めましたが、その年は初めてシーズン100安打を切ったんです(60安打)。 《待っていたのは〝ストーブリーグ〟。オフに入ると神奈川・茅ケ崎のゴルフ場、スリーハンドレッドクラブでロッテ・重光武雄オーナーが巨人・正力亨オーナーを招いて〝グリーン会談〟。移籍問題が本格化する…》 3000安打まで残り39本でした。巨人で記録を達成したいという思いはありました。チーム状況がそれを許さなかったようです。そろそろ王(貞治)の引退の話もあり、同じ年の私も引退が近づいていた。(翌55年に)2人が同時に引退するというのは巨人にとって、大変だという話を後で聞きました。当時の巨人の長谷川実雄代表が私の家までやってきました。 「何とかロッテへ移ってくれないか」と言われました。「あと39本ですから、何とか巨人でやらせてください」とお願いしましたよ。長嶋茂雄監督のところにも行きました。でも会ってもらえませんでした。そりゃ、会わないよね。当然ですし、しようがないよね。「こりゃ、長嶋さんに迷惑をかけちゃいけないよな」と帰ってきました。
【関連記事】
- 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<22>1点へのこだわり 長嶋監督「殴打事件」の真相 ものすごい血相で「そこに座れっ」
- 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<21>〝盟友〟王選手の756号を祝うスーパージャンプ! イチローが絶賛「めっちゃいい人」
- 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<20>王ちゃんと首位打者・MVPの祝杯も伏兵が…「金田より気性がきつい」、謝罪した財界人
- 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<19>「お前を見に来る子のため」 長嶋監督のプロ魂 不服だろうがこれからはそういう気持ちで
- 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<1>被爆者として、ノーベル平和賞への思い 覆いかぶさってくれた母、背中にガラスの破片や血