“幻の本”『ふれる』にふれる その2 空羽ファティマ[絵本作家]
世の中の要求と違う本当に作りたかったもの
春馬さんは「最近日本のドラマも映画もわかりやすいもの、感じるよりも観て楽しむものが増えてきているように思います。それが悪いことだとは思いませんが想像力を試されるような作品はやっぱりそれなりの評価を得ることができるし、日本の作品の本当の良さはそういうところにあるはず」と語っていた。 確かに…… 今、生方美久さんの脚本のドラマ『いちばんすきな花』が放送されていて、彼女が脚本を書いて評判が良かった『サイレント』より視聴率が取れなかったのは「心の内面を重視している内容のため、気楽に見れるものではなかった」ゆえらしいが、それが私には興味深かったし、確かに世の中は春馬さんが『ふれる』で言っているように、真剣に考えるものより「気楽さ」を求める傾向にある。 そして、世の中からの要望と、自分が求めるもののギャップに苦しみ、本当に心が求める作品を作りたいと葛藤している、心ある作り手は春馬さんだけではない。 私の人生ナンバー1ドラマ『それでも、生きてゆく』の脚本家、坂元裕二さんもその一人のようだ。 (以下、2018年のNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』より) 《1991年最高視聴率32%の『東京ラブストーリー』の脚本家として23歳の彼は大成功したが「こうやればウケるんだから数字さえ取ればそれでいいんだよ、みたいな。そういうことに対してはね、僕はやっぱりすごく、強い嫌悪感があったから漠然と俺が書きたいのは、僕が作りたいのは、こういうものじゃないんだっていう気持ちがずっと常にあって。本当に、逃げ出すことをすごく考えていたし。自分は、何がしたくて、この仕事をしているのか」と悩み27歳で一度テレビ業界を去る》 春馬さんも、こんなふうに、心の休養のために、休みを取れたらよかったのに……。息苦しくなった時、その場から逃げて、違う場所で深呼吸して、それから再チャレンジできただろうに。 社会から求められる姿と、自分がなりたい姿……〈見た目より演技そのものを見てほしい〉と望むギャップに苦しんでいたことを春馬さんは『ふれる』にこう書いている。 《俳優は言ってみれば人気稼業なので注目されることはありがたいですし悪い気もしません。だけど、決して浮かれちゃいけないなとはいつも思っています。俳優三浦春馬はどういう存在なのか、昔よりも1歩引いた目で見ようとしている自分もいます。今の僕が大切だと思っているのは嘘のない真摯(しんし)な態度を示すこと。例えば僕がファッションイベントに招待されて、ランウェイを歩く時、どうしてここにいるんだろうと不思議な気持ちになったりもします。一方で貴重な体験をさせてもらえることをありがたいと思っているのも正直な気持ちです。僕が出ることによって出られなくなる人も当然いるわけだから不満に思ってる人ももしかしたらいるかもしれない。そこで僕のできること、やるべきことは感謝の気持ちを言葉や態度できちんと示すことに尽きると最近強く思うようになりました。 かっこつける時代はもう終わったのかなって。かっこいいねと言われるのはありがたいけど、役者として本当に欲しい評価は、そこではないんですよね。 こんなこと言うのもなんだけど、役者は面倒くさい生き物でうまいねとか器用だね、なんて褒め言葉も時と場合によって嫌味に聞こえてしまうこともあるんです。僕はそういう褒め言葉を割と素直に受け止められるタイプだと思っているけど、それでも斜めから見てしまうような時もある》 そうやって27歳でテレビ界を去った坂元裕二さんは、32歳で自宅に籠(こ)もり3年間小説に挑んでみたが完成できなかったという。 書きたいものが見えないまま苦しい8年が過ぎ、転機が来たのは娘が生まれた35歳。そこで子育ての大変さを体験した彼は、大ヒット作となる『mother』を描いた。 人生は、なにがきっかけで新しい扉が開けるかわからないものである。もうだめだと思って八方塞(ふさ)がりになった時も、今までと違う場所に身を置き、新たな体験をすることで、それまで触れなかった感性やアイディアが湧き出すのだ。それは、順調に成功してきた人より、より深い宝をゲットできたことになり、大きな自信と自己肯定感をあげるエネルギーになってくれると思う。 「視聴率は取れず暗いと言われても、ていねいに生きづらさを抱える人たちのことを描き、一人でも、救われる人がいればそれでいい」 坂元さんが迷い続けた16年。書きたかったものを産み出せる自分にようやく出会えたのだろう。 「プロフェッショナルとは?」 「才能とかそんなのってあんまり当てにならないし、何かひらめくっていうことも当てにならないし…。そういう時に本当に書かせてくれるのは、その人が普段生活してる中から出てくる美意識とか、自分が、世界とちゃんと触れ合っていないと生まれないかとか。やっぱり、パソコンに向かってるだけとか、飲んでるだけとか、そういうことじゃ、生まれないと思います」 ……坂元さんのこういう真面目なところ、春馬さんに似てるなと思った。 二人とも普段の生活の中の美意識を大切にしてるところや、細かいところにもおこだわりさんのところとか、周りに褒められても「このままでいいのか?」って自問自答していくストイックな姿とかが重なる。 『mother』で脚光を浴びた後、坂元さんは2018年、再び仕事を離れているが、どんな人もずっとうまくいくわけではないから、その場を離れて気分転換することは大切なんだと思う。 ただ19歳からその世界に入った坂元さんと違い、子役から芸能界しか知らなかった春馬さんは、他に生きる世界があるとイメージできなかったのもしれない。