外では「良いパパ」とほめられるのに…発達障害がある人が自宅では「まるで別人」になる深いワケ
「あの人」の特徴(4)…納得と利得が必要
本人が「納得できる」こと、そして本人の「得になる」こと、そういう要素が「あの人」を動かす原動力になります。発達障害関連の本なんかには、よく「ASDの人はルールに厳格」と書かれていたりしますが、そのルールとは「自分が納得できるルール」です。マイルールや腑に落ちたルールに忠実なのであって、あらゆるルールを尊重するわけではないのです。 だから納得できる範囲から外れると、どうも気分を害するみたいです。たとえば他人がルールをつくって、不意に「はいこれ守ってね」と言ったとします。正当なルールであっても、なかなか簡単には従ってくれません。そこで納得してもらう工夫が必要です。その工夫のひとつが、損得に訴えるということ。「あの人」が損得に敏感だというのは、私はアキラさんと暮らしてきて何度も痛感しました。 余談ですが、あるとき講演をしているなかで「ASDの人は損得で動きがち」という話をしたことがあります。そうしたら、ASDがあるという発達障害の当事者から「それは発達障害がない『定型発達』の人もそうでしょう」と意見されました。さらに言葉を交わしてみると、どうやらその人は“誰しも損得で動いてる”と固く信じているようでした。 確かに誰でも損得で動くことはあります。でも、それだけではないはずです。〈報酬は望めないけどやってあげたい〉とか、〈報酬はいらない。ただ困っている人を助けたい〉とか、そういう余白みたいなものもあるはずです。でも私に意見した人は、一切そんなふうには考えていないようでした。 その信念の揺るぎなさが、むしろ、よく言われる発達障害の特性とピッタリ一致しているように私には感じられました。
「あの人」の特徴(5)…外と家で別人になる
これは人格が変わってしまうという意味ではなく、家の内と外どちらにいるかで、「あの人」の振る舞いがガラリと変わってしまう、ということです。だから周囲の人には、ときに「別人」になったみたいに見えるのです。 「あの人」は、家の外では「外モード」で生きています。外ではいろんなマナー、法規を守らなくちゃいけないし、知らない人とも接触していかなければ、仕事や生活が成り立ちません。それがわかっているから「あの人」は、〈怒られないようにしよう〉〈褒められるように動こう〉と頑張ります。気を張って周囲に適応するわけです。 ところが(これはどんな人にも共通して言えることですが)家のなかでは気を張る必要はなく、だから素の自分になる。言い換えると「自分モード」になるので、その人が持っているいい特性も、周囲を困らせるよろしくない特性も、すべて出ることになるのです。 一人暮らしならまだいいのですが、家族がいると、特性を解放することによって衝突が起こることもあります。そしてくりかえされる衝突からくるストレスが、パートナーの、そして「あの人」の心身を蝕んでいくことがあります。できれば「外モード」と「自分モード」の間くらいの「家庭モード」があるといいんですが、さっきの「(3)ゼロか100か」に似ていますが、それはなかなか難しいようです。 アキラさんも、外ではすごくきちんとしていてご近所の評判もいいし、「良いパパだね」なんて言われたりもしましたが、家ではそうでもない面がたくさんありました。新婚のときはもちろん気づけませんでしたが、子どもが生まれ、成長し……と時間が経過していくなかで、アキラさんには父親としての自覚がまったく育っていないことがわかったり、家のことについては何の考えも持っていないことがわかったり……それが私にショックでした。 でも、このショックは言葉で伝えても、他人にはなかなかわかってもらえません。なぜなら、共同生活を続けるなかで、私が肌身で少しずつ気づいたことだから。言葉は、常にその感覚を伝えるには不十分な“道具”です。だから周囲に相談しても理解してもらえず、私はカサンドラ状態にはまり込んでいったのでした。 *この記事は2024年9月29日に東京メンタルヘルススクエア主催で行われた講演をもとに構成しました。
野波 ツナ(漫画家)